「快……ジブン、どないしてん急に?何ぞあったんか?今京都に来てんねん。あ…ちょお待ち、キャッチ入ったわ。
すぐ掛け直すよって、ちょお待っとって!」
 
そう言って一方的に切られた通話。
昨日ネットで見つけてしまったあるモノを確かめるために、遥々大阪くんだりまでやって来た。
だけど、本音では平次に逢いたくて逢いたくて、堪らなかった。
ここへ来る途中複雑な思いだったけど、やっぱり平次に逢える嬉しさには適わなくて。
だから、大阪に着いて、平次に電話を掛ける時には、そんな事どうでも良くなっていたのに。
オレからの電話で、最後まで平次はオレの名を呼ばなかった。
こんな事は一度だってなかった。
傍に、アイツがいる証拠。
あの、東の名探偵が…。
昨日電話した時は、アイツが来るなんて一言も言っていなかった。
京都へ行くなんて、もちろん聞いていない。
 
オレって平次にとってそんな存在?
そんな薄っぺらい存在だったのか?
 
不安に思いながらも、しばらくは平次からの連絡を待っていた。
けど、いつまで経っても携帯の呼び出し音は鳴らなかった。
不安が胸を押し潰す。
 
持っていた雑誌を、オレは握り潰した――――
 
 

 
「あ、オバちゃん?アタシ和葉やけど、平次どこ行ったか知らん?今日な〜映画観る約束しとったのに
平次のヤツまたスッポカシよったんやで!お灸据えたらなアカンよね。どっか行く聞いてなかった?」
 
オレは平次の幼馴染の声色を使って、服部邸に電話を掛けていた。
受話器の向こうから帰って来た返事、にオレは驚愕した。
 
「平次なー知り合いが殺されて、京都で事件について調べる言うて、出て行ったんはええけど…犯人と遣り合って、怪我して入院したんやて。
おまけに脱走までして怪我悪化させてしもて…また病院に送り返させられたて電話あったんよ」
「お…オバちゃん!その病院教えてーな!!」
 
オレはまんまと和葉に成りすまし、聞きたい情報をゲットした。
オレはその病院の名前を頭の中にインプットすると、慌てて電車へ飛び乗った。
 
平次のバカ!!
何でそんな無茶するんだよ。
しかもオレの居ないところで。
オレの知らないところで平次が怪我をしたなんて聞かされて、平静でなんていられない。
しかも、今もアイツと一緒に違いないんだ。
何で、こんなに胸が塞がる想いがするのだろう。
平次はオレを好きだって判ってるのに。
平次はオレを…見つけてくれた。
それだけでいいはずなのに。
人の欲望と言うのは果てしない。
それだけじゃ満足できない。
オレだけのモノで居て欲しい。
 
本当は、東京へ来るのだって、オレに逢う為だけに来て欲しかった。
オレには言わないけど、東京へ出てきたら必ずアイツのとこへ顔を出している。
それが何だか寂しかった。
二人(正確には違うけど)で沖縄へ旅行に行ったのだって、平次に電話で聞かされて、凄く嫉妬したのに。
毛利探偵と平次が推理勝負する為だって判ってたけど、オレだって平次と旅行行ったりしたいのに!!
何でアイツとばっかり楽しんでんだよ!!
悔しいから放送日は聞いてたけど、OAなんて見ちゃいない。
そんな事しても無意味だけれど。

別に平次とアイツがどうこうなるなんて思っちゃいない。
寧ろアイツはキッドとしてのオレに執着しているから。
だけど、面白くないものは面白くない。
オレと別れた後、平次に内緒でこっそりと、尾行した事がある。
二人で楽しそうに(オレにはそう見えた)事件を解く姿を見るのが辛かった。
オレと居る時、あんな風に生き生きとした顔をするだろうか?
オレと居て嬉しそうな顔はする。心が安らぐような微笑だってしてくれる。
 
だけど、やっぱり事件に遭遇した平次の顔は、普段とは全然違う。
水を得た魚のようだ。
二人して生き生きとした顔で、事件を解いていって…

所詮オレはドロボーだ。
派手なショーで人を楽しませ、警察を手玉に取る面白さは判っても、難事件を解く楽しさなんてさっぱり判らない。
難しい暗号を作るのは得意でも、他人が作った暗号を頭を捻ってまで解こうなんて気にはなれない。
アイツだけが平次を理解しているようで、はっきり言って…ムカつく。
ただの八つ当たりだとは判っているけど…時々、探偵とドロボーとしての隔たりを感じる。
オレには、やっぱり平次は相応しくないんじゃないかって…。


この前も、アイツが追っている組織が何か企んでるとか言って、平次が工藤新一の身代わりをしてのけた。
オレにしてみれば、そんな危険な真似はして欲しくなかった。
平次を危険に晒すくらいなら、オレが変わってやりたいくらいだった。
だけど、平次は「大丈夫や」なんてオレを宥めたりして…。


オレには平次は相応しくないじゃないかって思う一方、誰にも渡したくない、平次を独り占めしたい、なんて思う自分もいる。
オレは一体どうしたらいいんだろうか…
 

 
移動の時間が長くて、こんなどうしようもないことを、グダグダと考えてしまっていた。
ハングライダーで飛んで行けたら楽なのに…



 
やっと目的の駅に着いて、オレは平次が入院しているという病院までタクシーで向った。
病院に着き、受付で部屋番号を訊き、迷惑にならないように小走りでそこへ向った。
平次が居るはずの病室の扉が開いていたので、不審に思いながら中を覗いた。
そこにはもぬけの殻になったベッドと、阿笠博士とアイツと同じく薬で姿が小さくなったであろう、灰原哀が窓の外を眺めていた。
オレはフラフラと部屋に入って行った。
 
「平次は…?」
「誰!?」
 
オレは誰かに変装することも出来たのに、迂闊にも黒羽快斗の姿で訊ねていた。
それ程、この時のオレには余裕が無かった。
阿笠博士と灰原哀は、不審げにオレを振り返った。
 
「工藤…くん?行ったんじゃ…」
「平次はっ!?平次はどこへ行ったんだよ!!」
「工藤君じゃないわね?あなた、誰!?」
「誰だっていいだろう!平次はどこへ行ったかって訊いてんだよっ!!」
 
灰原哀は、しばらくオレを凝視していたが、ふっと笑みを浮かべた。
そして途端に真剣な顔になり、オレに向ってこう言った。

 
「…たぶん、鞍馬山の玉龍寺ね。彼の幼馴染が捕まってしまったの。彼は怪我をしていて江戸川君が身代わりで行ったんだけど…
そして後から彼も追って行ったみたいね。部屋の外で監視してたんだけど、まんまと窓から逃げられてしまったの」
「おいおい哀君、見ず知らずの人間にそこまで…」
「博士は黙ってて!大丈夫、この人は信用出来るわ。それに…」
 
そう言って、ふと顔を曇らせた。
 
「…ごめんなさいね」
「どうして…」
 
ふいに謝られて戸惑ってしまった。別に謝られるような事はしてない。
 
「大切な…人、なんでしょう?」
「あ…」

 
たぶんこの時のオレは泣き出しそうな顔をしていたに違いない。
どうして判ったのだろう。
きょう初めてまともに顔を会わせた相手だったのに。
オレは心の中から熱い想いがどっと押し寄せた。
それが何かは判らなかったけど。
 
「…ありがとう。お嬢さん」
 
オレは精一杯の笑顔を作ってそう答えた。
 
「平次は…オレが守るから」
「無理しないでね」
「判ってる。あ、それとオレの事、名探偵には言わないでね!」
 
オレはそう告げると、颯爽と窓枠に飛び移った。
そして、平次がシーツで作ったロープを伝って、スルスルと下へと降りていった。
 
 
「新一によく似ておったが…誰じゃったんじゃろう。それに名探偵とは…」
「さあ?誰だっていいじゃない。服部君を大事に想ってるのは判ったんだし、害は無いでしょう?」
 
最後の質問には答えず、今目にした人物を思い返す。
颯爽と窓に飛び移る優雅な身のこなし。そして最後に見せたあの紳士的な態度。
ある人物が一瞬頭をよぎったが、それを頭を軽く振って否定する。
 
「まさか、ね…」
 
 
 
オレは猛ダッシュで、鞍馬山を目指していた。
そして、ポケットに忍ばせたあるモノを耳に忍ばせ、周波数を合わせる。
実は、平次にはお守り袋と銘打って、発信機と盗聴器を縫いつけた代物を渡していた。
平次は人の心配などお構い無しに、危険なことに首を突っ込むので、いざと言う時に役に立つと思って作ったものだ。
中身に入れるようなお守りがなかったので、取りあえず袋だけ縫って、大事なものを入れて持ち歩くように、と念を押していた。
平次は嬉しそうに、それを受け取った。
だから今も持っているはずだった。
周波数を合わせると、微かにだが音が聞こえた。
平次の声がノイズ交じりに聞こえてきて、安堵する。
が、段々と音がクリアになるにつれて、オレの顔が強張った。

 
平次じゃない!
声は平次だけど…喋り方が違う…!!
さっき哀ちゃんが言っていた。
工藤が平次の身代わりに行ったと。
まさか、平次に成り済まして…!?
だけど、あの身体でどうやって――――
 
平次の声をした工藤と、犯人の声しか聞こえない。
傍に、平次は居ない。
 
オレがやったお守り袋…なんでコイツが……?
 
オレはやるせない気持ちで一杯だった。
オレが大事にしている、平次への想いを踏みにじられた気がした。
胸が苦しくて…苦しくて張り裂けそうだった。
 
意気消沈していたオレだったが、イヤホンから聞こえてきたのは犯人の怒号する声だった。
どうやら偽者と向こうにも判ったみたいで、攻防戦が始まった。
といっても、どうやら工藤と和葉は逃げ惑っているようだった。
急に立ち止まり、工藤の苦しそうなうめき声が聞こえてきた。
そして、息を呑む音―――
 
 
「探偵やらしたら天下一品やけど…侍としてはイマイチやな…」
 
平次…!
本物の平次だ……!!
 
平次の声を聞いて、オレの胸は高鳴った。
こんな時に不謹慎だけど―――
 
「コラ工藤!!よくもオレの服パクりよったな!!」
 
工藤にまくし立てながらも、敵からの攻撃をキレイにかわしていく平次。
 
「何塗ったんかは知らんけどなあ…オレはここまで色黒ないぞ!!」
「まあエエ。ここはオレが引き受ける。お前は早よ行け!ちっさなるまでどっかに隠れとけ!
ほんで元に戻ったら帰って来い!ええな?」
 
そこでようやく工藤が一時的にだが本来の姿に戻っていることが判った。
 
平次のためにそこまで出来るのか―――
 
なんだか悔しかった。
工藤が危険になったら、平次が身代わりになって、同じく平次が危険に晒されたら、工藤が身代わりになって…

平次のためにそこまで出来るのは自分だけだと思っていた。
だけど、そうじゃない。
アイツ等にはオレなんかが簡単に入り込めない絆がある。
工藤がオレがやったお守りを持っていたのも悲しかったが、もっと切なくなった。

「平次は、オレが危険な目に遭っても身代わりになってくれる―――?」

気が付いたらオレはそんな馬鹿な事を呟いていた。

でもそんな事はオレは望まない。
オレの変わりに平次が危険な目に遭うのなら、オレは一人で傷を負った方がいい。
平次には危険な目に遭って欲しくない。
無事でいて欲しい。

だから鞍馬山に急ぐ足は止めない。
まだ平次は本調子ではないのだから…
オレはイヤホンを耳から外し、ポケットに仕舞って雑念を追い払った。


 
ようやく玉龍寺に続く階段へと辿り着き、長い階段を上り始める。
息を切らせながら、懸命に駆け上がる。
階段を上がり切った時にはかなり体力を消耗していて、肩で息を切る始末だった。
だが、休んでいる暇はなかった。
目の前に繰り広げられている光景を見て、我が目を疑った。
屋根の上に上がった平次。
膝をついて動けないのに下からは弓で狙われ、眼前には刀を振り上げた犯人がいる。
弓の方は小さな身体に戻った名探偵が気を逸らし、何とか違う方向へと飛ばさせた。
だが、平次に振り下ろされる刀までは塞ぎきれない。
オレは咄嗟に懐から取り出したトランプ銃を構え、一瞬で標準を合わせてトリガーを引いていた。
自分でも驚くくらいの集中力だったと思う。
トランプは見事、犯人の左手から刀を奪い取った。
刀を吹き飛ばされ、後ろに後ずさったのを見計らい、平次は体勢を整えた。
そしてそのまま突進し、犯人の右手に握られた刀を真っ二つに斬って、腹部へと押し当てた。
堪らず犯人は崩れ落ちた。
どうやら頭だった人物がやられたことで、下っ端の奴らがわらわらと逃げ出そうとしていた。
オレは下から警官隊が押し寄せて来たのを目の端で捕らえ、誰にも気付かれないようその場を後にした。








瓦に刺さったトランプを平次は拾い上げた。
先ほど平次のピンチを救ってくれた一枚のトランプ。
こんなモノを使う人物は自分が知る限り一人しかいない。
 
「快斗のヤツ…なんでここに…?」
 
そういえば、さっき携帯に電話があって、キャッチが入ったからと(犯人からの電話だったのだが)
掛け直すと言って切ったのに、そのまま気絶してしまって、それきりになっていたのを思い出した。
ポケットから携帯を取り出そうと服に手を伸ばしたが、借り物の袴だというのに気付いて慌てて工藤を探した。
工藤が勝手に着て行った服の中に、携帯が入っているからだ。
だが、
工藤を捕まえる前に、灰原哀に声を掛けられた。
向こうから声を掛けてくるのは、初めてではないだろうか?
不思議に思って身体を屈めて、話を聞く体勢を取った。
すると、思いがけないことを聞かされた。
 
「なんやて?アイツが病院に!?」
 
哀から聞いた話だと、工藤によく似た人物が平次を訊ねて、病室へ来たのだという。
平次が居ないのが判ると、どこに行ったのか必死の形相で問い詰めてきたのだと。
変装もしないで堂々と…そんな余裕も無かったというのか?自分のために…
 
「安心して。工藤君には言わないから」
「へ?」
「彼が去り際口止めしてったのよね。名探偵には言うなって。それって工藤君のことでしょ。違う?」
 
相変わらず洞察力が鋭くて適わない。話が早くて楽でもあるが。

 
「せや。アイツ…工藤のこと苦手なんやて。顔はソックリなんやけどな〜」
 
そう言って平次は頭を掻いて苦笑した。
 
「…もしかして…怪盗キッドとか言わないわよね?」
 
確信めいて問われてしまって、平次は固まってしまった。
半分以上はカマをかけていただけなのに、必要以上に動揺した平次を見て、哀は納得してしまった。
 
「私にまで簡単に正体がバレるなんて…この分だとすぐに捕まっちゃうんじゃないの?」
「だ…大丈夫…やと思う…けど…」
 
アイツ、ほんまに何やってんねやろ…
平次は思わず深い溜息をついてしまうのだった。
 
工藤から服の隠し場所を聞き、携帯を取り出して快斗に電話を掛けたが、電源を切ってあるみたいで全く繋がらなかった。
しょうがなしにポケットから快斗から貰ったお守り袋を取り出し、それに向って囁いた。
 
「快斗…今何してんねん……」
 
月を眺め、平次は愛しい人の名前を呟いた……






 
翌日、工藤らが東京へ帰るというので主治医に無理を言って、見送りを許可してもらった。
ほんとは、快斗がどこかに居るかもしれないと思ったからだ。
心配ばかりかけたみたいだから、元気な姿を一目見せたい。そんな思いがあった。
昨日のうちに工藤と二人で薬師如来を見つけ、自分が持っていた水晶玉を額に嵌め込んで、元の場所へと返しておいた。
ずっと初恋の人の忘れ形見だと思っていた水晶玉だったが、実は「源氏蛍」が山能寺に忍び込んで、
仏像を盗み出す途中に落として行った百毫だとは、工藤に指摘されるまで夢にも思わなかった。
 
ま、こんなもんやな。
初恋の人かてほんまの事やったんか判らんし。
間違いないと思てた千賀鈴さんも、結局初恋の人とは違てたし…

すると、何を思ったか、ふいに手毬歌を和葉が歌い出した。

 
「まるたけえびすにおしおいけぇ よめさんろっかくたこにしきぃ…」
 
手毬歌を歌う和葉の姿が、昔桜の木の下で見た少女の面影と重なった。
 
こいつやったんか……

 
やっと初恋の人と巡り合えたというのに、オレの目はずっと後ろ、違う人物を捉えていた。
オレの視線に気付くと、そいつはクルッと踵を返して、その場から立ち去ろうとした。
 
「ちょお待て、快斗…っ!!」

 
オレは工藤たちが居たのも忘れて大声で叫び、慌てて追いかけた。
後で工藤たちが不審がっても関係ない。
オレは必死で追いかけた。
階段の手前でようやく快斗に追いつき、後ろから思いっきり抱き締めた。
 
「ば…バカ!!こんなとこで…離せよ、誰かに見られたら…っ」
「見られたかてええ。快斗に逃げられるんがキツイわ…」
「判ったから…逃げないから…離せよ!」
「何…怒っとるん?」
「別に怒ってなんかねーよ!いいから離せ!!」
「理由言わんと離さへん」
 
平次は快斗を抱きしめる腕に力を込めた。
 
「だから…」
「何?」
「落ち込んでんだよ!地元の雑誌にインタビュー記事載ったの知って調べたら、初恋の人の話なんか載ってるし、
それ確かめるために大阪来たのに平次は京都に行ってて、しかもアイツと一緒で…
平次の家に電話したら怪我しただの病院脱走しただの聞かされて…こっちは肝が潰れる思いしてたってのに
平次に渡したお守り袋はアイツが持ってるし…」
「そ…それはやな…」
「初恋の人が忘れられないんだろう?お守り渡すくらいアイツが大事なんだろう?」
「違うで快斗…!」
「オレ…平次を信じてていいの…?」
「快斗…っ!」
 
平次の必死の叫びも快斗には届いていなかった。
快斗は涙を抑えるのに必死で、肩が震えていた。

 
「オレ…平次に心配かけないようにってキッドの仕事もずっと控えてた。キッドは奴らに狙われてるから、いつ命を落とすかも判らないし…
けど、もうそんな必要ないよね…?平次にとってオレは…どうでもいい存在なんだから」
「快斗!オレの話も…っ」
 
平次の腕が緩んだ隙をついてスルリ、と快斗は腕から抜け出していた。
そして振り向きざま平次に唇を重ねた。

唇を離すと、快斗は小さい声で何事かを呟いた。
驚いて固まってしまった平次を一人残して、丁度ホームに入ってきた新幹線に飛び乗った。 

快斗………っ!! 


呼び止めたいのに声が出ない。
引き止めたいのに身体が動かない。
今告げられた衝撃の事実を、受け止めるので精一杯だった。


さよなら…

耳元で囁かれた言葉。

たった一言が、こんなに胸を締め付けるなんて。
こんなに苦しくて切なくなるなんて、思わなかった。


だけど、オレが快斗を追い詰めた。
誰より大事に想っていたはずなのに、一番傷つけたくない相手だったのに。


新幹線がゆっくりと発車する。オレは扉の向こうの快斗を見つめた。
背を向けているので顔は見えなかったが、肩越しに泣いているのが判った。



また、泣かせてしまった。
もう、快斗の泣き顔なんて見たくなかったのに。
快斗の泣き顔は、見てるだけでこちらの方が辛くなってしまう。
もう、二度と泣かせたくなんてなかったのに、自分が泣かせてしまった。



新幹線がホームを離れていく様が、まるで今の快斗と平次みたいで悲しくなった。
段々と離れていく想い……
完全にオレの前から姿を消した快斗を想って、オレは昨日まで水晶玉が入っていたお守り袋を取り出した。
 
「最後まで人の話聞かんで…勝手に勘違いしよってからに。言い訳くらいさせんかい、ボケ…」
 
そう言って項垂れた平次の瞳には、涙が浮かんでいた。
自分の不甲斐無さが口惜しくて口惜しくて、ただその場に立ち竦むことしか出来なかった――――









快斗と哀ちゃん、平次と哀ちゃんの会話が書いてて楽しかったです。
正体バレるはずじゃなかったのにバレちゃった…あはは。哀ちゃんスゴイね!ということにしときます。
ブルーワンダー、銀翼へと繋げたかったので、こんな終わりになってしまいました。
今回快斗が可哀想だった。次で平次の汚名を晴らさせるから!!(たぶん)
上手く続きが書けるのだろうか…