「なあ、自分好きなやつおるんか?」
快斗の身体を抱いたまま平次がそう尋ねてきた。
「…いたとしても、オメーに関係ねーだろ」
こいつは何も判っていない。自分が好きでもない奴に身体を預けるとでも思っているのだろうか。
そう思うと腹が立ち、憮然と言い放して平次の腕を離そうとする。
確かに平次が新一に失恋して慰めてやったのは自分だ。
新一から蘭ちゃんと付き合う事になったと聞かされた時の平次は、荒れて目も当てられなかった。
だから自分が新一の代わりになってやろうと思ったのだ。
平次の事が好きだった。
普段から自分といる時も新一の話ばかりしていた平次。
初めて会った時から平次の心に新一がいることは判っていた。
新一の事を話す時の彼はとても眩しかったし、そんな彼を見るのが好きだった。
自分の心が入る隙がなくても、側に居たかった。
好きな人と同じ顔の自分にも、とても優しくしてくれた平次。
今まで新一の一番近くにいたのは平次だ。
薬で小さくなってしまった彼の一番の理解者だったから…。
だけど、コナンから新一に戻ってしまった今、彼の隣に平次はいない。
今まで側に居れなかった分を取り戻そうとする様に、新一は蘭の側から離れようとしない。
そんな新一を寂しそうに見ている平次の姿が痛かった。
だから自分から言い出した。
『ねえ…オレが新一の代わりしよっか?』
最初はびっくりしていた平次だが、すぐ我に返って快斗の頭に大きな掌を乗せて彼の髪をくしゃっと撫ぜた。
『アホな事いいなや。お前はお前や。代わりなんかやあらへん』
そう言い切ろうとした彼のシャツを掴み、快斗は唇を重ねた。
最初は軽く触れる程度。
そして段々と深くなる口付け。慌てて平次が身体を押し離す。
『ちょお待て!何してんねん』
『…キス、だろ』
快斗は全然動じず再び唇を重ねてきた。
平次は快斗の身体を引き離そうとしたが、腕をしっかりと首に巻きつかれ、どうにも出来ない。
やり場を失った両腕をそっと快斗の腰に回した。
それがいけなかった。
平次が新一に抱きついたことは何度かあった。
新一の嫌がる姿が面白くて、何度かからかう為に抱きついたこともあった。
だから新一のそれとあまりに違いすぎる感触に平次は戸惑いを隠せない。
快斗の腰はあまりに細かった。
腕も首もすべてが細くて、強く抱いてしまったら折れてしまいそうだ。
身長はほとんど変わらないのにこの違いはなんだ?
快斗からたまに後ろから抱きつかれる事はあった。
だけどその時は全然気にも止めなかったのに。
今改めて思い知らされる、新一と快斗の相違。
顔はそっくりだけど、中身を知るに連れて平次は二人が似てるとは思わなくなった。
新一に紹介された、彼そっくりの快斗。
初めて見た人間なら必ず双子かと間違うほど似ている二人。
だけど中身は全然違う。
新一は謎めいた事が大好きで、将来は自分と同じ、探偵になりたいと思っている。
自分の興味の無い事には関心を示さずクール。
ホームズとサッカーが大好きで、甘いものは苦手だ。
快斗はマジックが大好き。
亡くなった父親を尊敬していて、親父さんのようなマジシャンになる事を夢見ている。
何でも興味を示し、一度聞いた事はすべて吸収していく。
甘いものが大好きで、特にチョコレートとアイスには目がない。
いつも仏頂面であまり笑うことがない新一と、誰にでも人懐っこく、笑顔が堪えない快斗。
思わず腰を抱く腕に力を込めた。
『…んっ』
不意に聞こえてきた甘い声に、制止しようとしていた思考はどこかに吹っ飛んでしまった。
終わった後に、後悔だけが押し寄せた。
あの状況で抱けば、快斗は自分が新一の代わりに抱いたと思うだろう。
だけど真実を明かせなかった。
それまで工藤工藤と言っていた自分が急に快斗に心変わりしたなどと。
こんなに自分の気持ちに自身が持てなくなった事はない。
一度きりで終わらせるつもりだった。
少なくとも快斗が、自分が新一の身代わりにされていると思っている間は、絶対に抱いてはいけないと思った。
だけど快斗の甘い誘惑に何度も負けてしまった。
快斗に迫られると、普段は硬派で通っているはずの自分の理性が押さえられなくなる。
このままではいけない。
快斗は自分の為を思ってしてくれているのだ。
自分から断ち切らねば、この関係は終わらない。
快斗には自分を大切にして欲しい。
自分の為に身体を捧げるなんて、しなくてもいいのだ。
だから、言った。
「好きな奴の一人や二人くらい、おるやろ?」
「だったらなんだよ」
「オレらの事、バレたらあかんやろ?オレはもう平気やし、もうええで」
思いもよらぬ言葉を紡ぐ平次に、快斗が顔を強張らせる。
突然言い渡された拒絶の言葉。
「それって、オレはもう用ナシって事?」
悲しそうに告げる瞳に平次の心臓がちくり、と痛んだ。
「そんな事言ってへんやろ。オレはもっと自分を大事にして欲しいんや。
誰かの身代わりなんてせんといて欲しいんや」
「何度も人の事抱いといて、それを今更言うのか?」
鋭い眼差しで見つめられ、平次は言葉を失いかける。
「…ほんま、堪忍や。オレが全部悪いんや」
今まで新一の代わりでも何でも、平次が自分を必要としてくれているのが嬉しかった。
平次から誘うことは絶対になかったが、こっちから誘えば優しく抱いてくれた。
平次に抱かれている間は、何もかも忘れられた。
平次が新一を好きなことも、自分の思いが受け入れられないことも。
だけどその関係も終わってしまうのか?
長くは続くはずないと判っていた。
自分の思いを受け入れてくれとは言わないが、せめて自分の想いには気づいて欲しかった。
あれだけ平次を求めたのに相手には一切伝わっていなかったと思うと、悲しくなるより笑えてしまう。
今まで自分がしてきたことは一切無駄だったのだ。
同情で抱いてくれているのかと思う時もあったが、自分の気持ちに気づいていないのなら、それもない。
ただ身体を重ねてきただけ。
今までの自分は、一体何だったのだろう。
『好きなやつおるんか?』
お前だよ!
お前以外に誰がいるんだよ!!
こんな鈍感な奴見たことない!!
「オレが好きでもない人間、抱かせる訳ねーだろ!!この大ボケ野郎!!」
思わず涙が頬を伝っていた。
視界が歪む。
「お前なんか、もう知らない!!」
その場から逃げようと腰を浮かした快斗の身体が引き戻され、ベッドに押し倒されていた。
歪む視界で平次を捉えると、真摯な眼差しで快斗を真っ直ぐ見下ろしている。
「へ…いじ?」
「今の…もっかい言ってくれへんか」
「お前なんか…もう知らない…」
「ちゃう」
「大ボケ…野郎?」
頭が混乱してくる。一体平次は自分に何を言わせたいのだろう。
「もっと前に言ってたヤツや。好きな人間以外には抱かせへんっちゅーヤツや」
「…ああ」
平次の手が涙を拭う。
まだ平次の真意が掴めない。
「ほんまか?快斗はオレの事好きなんか?」
相変わらず真摯な眼差しで快斗をじっと見つめているが、心なしか表情が柔らかくなった気がした。
今更しらばっくれても無駄なので、快斗は素直に頷いた。
「…そうだよ。お前が気づくのが遅っせーんだよ!」
オレがお前を好きだって判ったからって今更どうなるってんだ。
無意味だろ?それとも同情してくれるのか?
そんな快斗の言葉を遮る様に平次が続けた。
「無意味やあらへん。大事な事や」
「オレもお前が好きなんやからな」
平次から紡がれた言葉は、すぐには快斗の頭に響いてこなかった。
何を言ってるんだ?こいつは。
あれだけ新一に執着してたヤツが、あっさり心変わりか?
「信じられへんのは無理ないな。オレかてびっくりしてるんや」
「だって…いつから?オレの気持ちなんて全っ然気づいてなかっただろ?」
「ほんまやな。判ってたらもうちょい上手く出来たかもしれんのに」
そういって平次はボリボリと頭を掻く。
「オレ…平次に好きでもないヤツを抱かせる男だと思われてたのかと思った…」
「そんなん思うわけないやろ。何や、そんなん気にしとったんか」
「だって、あんな事言われれば…」
エッチの最中に好きなヤツいるのかと問われれば誰だってそう思うはずだ。
自分が悪いわけじゃない。
「ごめんな。そやけどオレだって言いたいねん。オレも好きなヤツ以外は抱かへんて。
快斗やから抱いたんやで」
そう言って平次は快斗に優しく口付けする。
「でも…」
尚も反論を口にしようとする快斗の口を指で制する。
「ええ事教えたろか?オレは工藤を抱きたいと思った事なんて一度もあらへんねんで?
確かに工藤の事は好きやった。コナンの時はいっつも側にいてあいつを助けたってた。
だから、あいつが元に戻って蘭ちゃんのトコ行った時はちょっと寂びしかってん。」
「それをオレが勝手に新一に振られたと勘違いしたって事か?
でもお前絶対友達以上の目であいつ見てただろ!?」
納得がいかない快斗は平次に突っかかる。
ただの友達があんなに寂しそうにしてる訳ないだろ?
「だから好きやった、言うてるやろ。けど、それだけや。
別に工藤をどうこうしたいなんて思ったことないしな」
「じゃあなんでオレの事はあっさり抱いたんだよ!!新一にしたい事してたんじゃねーのか?」
噛み付くようにきゃんきゃん吼える快斗を宥める様に、平次は彼の頬を優しく撫ぜていく。
「だってなぁ・・・自分、色気出し過ぎやねん」
「はぁ?」
存外に自分のせいだと言われて食い下がる快斗ではない。
「何だよ、それ!オレが悪いみてーじゃん!!」
「自分の色気に理性が効かんくなってな、ほんまスマンかった」
「…んだよ!全然すまなそうじゃねーじゃん!!」
平次は少し笑って、そして今度は真っ直ぐ快斗の目をみつめた。
「けど、好きなんはほんまや。オレの事、許してくれるか?」
快斗は平次の眼差しから顔を背ける事が出来なかった。
平次の瞳に吸い込まれそうだった。
「許すも、許さないもないだろ…。お互い様だ」
「ほんまか!?」
平次は嬉しそうな笑みを満面に浮かべていた。
そんな平次を見て、つられて快斗も微笑み返していた。
「ほな、気持ちも通じたところで早速ええことしよか」
平次は快斗の腰に腕を回した。
「…お前、情緒なさ過ぎだぞ」
口ではそう言うものの、快斗の顔は笑っていた。
end

初めて書いた平快小説。
文章が稚拙なのはお許しください。
これが最初原作に一番忠実かな…と思いましたが(平次が新一を好きだという設定)
BLの時点で原作もへったくれもない事に気づきました…。
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