再会

 

 

 

オレがヘリから飛び降りたのは、キッドなら絶対自分を追って来てくれる自信があったからだ。

こうでもしないとヤツとはこれっきりになってしまうと思ったからだ。

例えキッドが助けてくれなかったとしても、オレは後悔なんかしなかった。

だけど、やっぱりキッドは助けてくれた。

オレの思った通りのヤツだった――――

 

「おい、名探偵!死に急ぐにはまだ早過ぎんじゃねーのか?
それでも死にたいってんならこのまま降ろしてやってもいいけど…どうする?」

「…自分と二人っきりで話がしたかったんや。このままやとキッド…お前は間違いなくムショに直行やったで。

 工藤の時計でねんねしたままでな」

「あらーバレてたのね…。流石は西の名探偵」

「バレてへんと思うてたんか?」

 オレは逆にキッドに問い掛けた。

 

「…思ってなかったけどね。途中でオレはポーカーフェイスが崩れちゃってたし…。

何せとんでもない惨劇を聞かされちゃったからね〜」

「ポーカーフェイスか知らんけど、そんなん崩れる前からおっさんがキッドやて気づいとったわ。

 煙草は全然吸わへんし、それに体格は本人と同じやのに手が……手だけが異様に綺麗やってん…」

 そう言って照れてしまったオレは、キッドから少し視線を逸らした。

 

「手…?」

「おっさんの手ぇはごっついはずやのに、今日のおっさんの手はスベスベしてて女の手ぇみたいやったで。
自分気づけへんかったんか?」

「…いつもは全身に気ぃ使ってんだけど…今日は慌てて出てきたもんだからさ、変装道具がイマイチ完璧じゃなくて。

 何せ今日キッドの名を語った晩餐会が開かれるって知ったからそのまま飛び出してきたんだ。

 もちろん、どこで情報を仕入れたかは企業秘密だけど。
 
 …それであの時腕を掴んだのかな?オレがキッドだと確信を得るために」

「そやけど…それだけやない…。オレがキッドに触れたかってん。あんまり手首が細ぅてビックリしたけどな」


 オレはキッドを見た。キッドは微笑を浮かべていた。

 

「けど、ポーカーフェイスが崩れるんも無理ないで。オレかて驚いたわ。

 あんなにキッドが狙われとるて知らんかったもんなー…。オレも身の危険感じたわ」

 オレは少し笑ってみせた。キッドもつられて笑って言った。

 

「なんで西の名探偵が身の危険を感じるんだよ?」

「キッドの心中に立った気持ちを想像したんや!鳥肌立ったわ。あんなん言われたら正体バレた時が恐ろしいわな〜。

 良かったな、逃げられて」

「オレが助けないとか思わなかったわけ?」

 キッドが真摯な目を向けてきた。その瞳にオレは思わずどきりとした。

 

「キッドは絶対見殺しにせーへん。そやろ?怪盗紳士さん?」

「…そうだけど…助けられない場合もあるだろ?
大体オレが服の下にハングライダー仕掛けてなかったらどうするつもりだったんだよ!?

 死んだら飛び降り損だぜ?」


 キッドが必死になってオレに説教をする姿が、なんだかとても愛しく思えた。

 

「そんでもええ。そのまま死んどったら自分ん中でオレの事は簡単には忘れられん存在になるやろからな。

 オレはそれでもええんや」

「お前…バカだな」

 キッドは呆れる様に呟いたが、その声は優しさに満ちていた。

 

「でも死なへんかったからにはオレの質問にちいとばかり答えてもらうで」

「…その覚悟に免じて今日だけ許しましょう?名探偵」

「その前に…腕大丈夫か?重たない?どっか降りた方が…」

「この辺りで降りる方が危険だ。もう少し山を下ってからの方ががいい。それにこう見えても男の子なんでね、心配ご無用v」

 そう言ってキッドはオレに向かってウインクしてみせた。

 オレは少しでも負担を軽くしようと、キッドの首に腕を絡ませた。

 そうすると、近かったキッドの顔が益々アップになって、オレは目のやり場に困ってしまった。

 端整な顔立ち、キリリとした横顔。睫毛も長くてしっとりとしている。

 本当に男なのかと疑いたくなるくらい、キッドは妖艶な顔をしていた。

 そのくせ、はにかむと途端に幼さを撒き散らす。

 オレはキッドの顔をどぎまぎしながらじっと見つめた。

 

「自分…オレの事知っとんのか?」

「…東の名探偵程ではないけど、そこそこ有名ですよ?そうそう、大阪では初めてお会いしましたね。名探偵?」

「オレが追って行っとった事、知っとったんかいな?」

 オレは驚いててキッドに詰め寄った。

 あの時はヘルメットを被っていたから遠目で見れたとしても、誰かは分からなかった筈だ。

 

「その時は当然誰かまでは分かりませんでしたが…後で知りました。怪我は大丈夫でしたか?」

キッドは心配そうにオレを見た。

 オレはなんだかこそばゆい感じがした。でも嫌ではなかった。

 

「あんな怪我、たいした事あらへん。オレは怪我には慣れとるからな…。

 自分こそスコ―ピオンに撃たれてほんまに平気やったんか?怪我とかしてへんか?

 あん時だけじゃない。他にも怪我とかしてへんのんか?」


 オレは逆に心配になってキッドを見つめた。

 

「彼女に撃たれたのは幸いモノクルでしたから…多少細工していたのが効いて無事でしたよ。

 それより…海に落ちた方がダメージ大きかったかな」

「やっぱ怪我したんか?それとも泳げへんのか?」

「泳ぐのは得意ですよ。その…魚がちょっと苦手で…海を泳ぐのは苦手なんです」

「そうかー…」

 取り合えずオレはほっと胸をなでおろした。

 そして、魚が苦手だというのは本当だろうかと考えていた。どのくらい苦手なのだろう?

 

「心配していただいて光栄ですよ?他に何か聞きたい事は?」

「あんで。一番聞きたかった事が。…お前と工藤てどんな関係なんや?

 オレにはその…、二人は目に見えん繋がりのような物がある思うとるんやけど…」


 オレは意を決してキッドに問い掛けた。

 

「…因果…とでも言うのかな…ちょっとモノクル外していただけますか?」

「ええんかいな?」

「いいですとも。それにこの距離でずっと見ていたら、そろそろ気が付くはずですよね?」

 オレはキッドに言われるままに、モノクルを外してやった。

 そこには工藤と瓜二つの顔があった。

 

「気のせいや思てたけど…工藤によう似とるな自分…。ほんまに素の顔か?」

「嘘偽りなし、これが私の素顔です。見たのはあなたが初めてですよ?ご覧の通り、私の顔はあの名探偵と瓜二つです。

 どこかで血が繋がっていると考えても不思議はないですよね?まあ、彼はこの事実を知りませんが」

 キッドは少し笑って見せた。

 

「親戚とかとちゃうんか?」

 オレは最もな意見を述べてみた。

 

「今の所、そういう親戚はいるとは聞いていません。」

「そうか…」

 キッドは話を続けた。

 

「彼とは体が小さくなる前に一度、対決した事があるんです。

 私の仕事に大きく支障を来たすほどのダメージを与えてくれたのが気になってね。

 後でそれが誰だったか調べたんです。それが工藤新一だった。それから彼の行動に注目していた。

 だけどそれっきり、私の仕事には干渉してこなかった。だから私は彼のマークは止めました。

 そしてしばらくして…工藤新一が失踪したとの噂を聞きました。その矢先の江戸川コナンの出現…。

 杯戸シティホテルでコナン君と会った時、工藤新一と対峙した時の危機感を私は感じました。

 彼の子供の姿に惑わされてはいけない、とね」


 キッドはその時の事を思い出したのか、少し顔つきが険しくなっていた。

 

「そしてコナン君の事も調べました。工藤新一の幼馴染である毛利探偵事務所に居候していることも。

 コナン君が船の中から阿笠博士に電話をしていた時、新一と呼ばれているのを聞いて、
江戸川コナン=工藤新一の図式が出来た訳です。

 簡単には信じられませんでしたが、彼の推理力は子供のそれにしては鋭すぎる。信じる他はないでしょう?

 彼には私の鳩を助けてもらった恩があるから一度だけ助けましたが…はっきり言うと、あまり彼とは関わり合いたくない」

「なんでや?」

「彼は…危険過ぎる。あの甘いマスクの下に恐ろしい程の仮面を隠している。彼はその事実に気づいていないようですが…」

 キッドは静かにそう告げた。確かにキッドの言うとおりかもしれない。

 キッドと対峙する時の工藤は普通ではない。

 それでキッドは身の危険を感じているのかもしれない。

 

「オレがキッドの素顔を初めて見た人間てほんまか?」

「…多分」

「なんやそれ?どっちやねん」

 本当なら嬉しいのに、キッドの答えは期待を裏切る物だった。オレは落胆してしまった。

 

「んー…、前にシルクハットとモノクルを警部に取られた事があったけど…その時は青子に変装してたし…、

正体がバレてるっぽいのは二人ほどいるけど…」


 キッドは先程までの大人びた口調とは全く正反対の、まだ幼さが残る少年の口調で喋り出した。

 

「青子?」

「オレの幼馴染みで警部の娘だよ」

 警部ってキッドを追いかけとる中森警部のことかいな?

 オレは心の中で呟いた。

 

「それに正体がバレかけてるのが二人もおるんかいな?」

 オレはびっくりしてキッドの顔を覗き込んだ。

 

「んー…一人は魔女でね、鏡に聞いてオレがキッドだって判ったみたいなんだ。

 もう一人はホームズバカの変なヤツでさー、現場にホームズの格好で来るんだぜ?信じらんねーだろ?

 そいつ、やたらとキッドの事調べまくってて、髪の毛まで入手しやがってさ。そんでオレがキッドだってバレたみたいなんだ。

 でも証拠が無くちゃ捕まえられないからね〜」

 あいつぼっちゃんだからその辺ツメが甘くて助かってんだけど。

キッドだった少年がそう言って、あどけなく笑ってみせた。

 この喋り方が本来の少年の物だろう。

 話す内容は全部を鵜呑みにしていいのか分からない内容だったが、聞いていてどこか心地良かった。

 

キッドん時もええけど、どっちか言うたらオレはこっちの方が好きやな。

 

そんな事を心の中で思って、キッドが話すのを静かに聞いていたが、気になる人物が登場したのでオレは口を挟んだ。

 

「そのコスプレ男ってもしかして白馬とちゃうやろな?」

 自分の鷹にワトソンと名づけていた気障な少年を思い出して聞いてみた。

 

「そうだよ。よく分かったね〜。今日は居るとは思わなかったぜ。あいつよく英国に行ったり来たりで学校にも来ないのにさ」

「まさか学校まで一緒なんか?」

「うん。その二人とは高校が一緒なんだ。」

 あ、ついでに青子もね。

 オレはその少年から聞かされた事実に驚愕する。

 

 キッドの周りに正体知っとるんが二人も居てるやなんて…

 オレ分が悪過ぎんか?

 

「平次も転校して来る?」

 少年はとんでもない事を口にした。本気かどうかは定かではないが。

 

「無理に決まっとるやろ。第一オレの心臓がもたへんわ。てかいきなり呼び捨てかい!」

 少年はまた笑ってみせた。 この少年は笑顔がとても可愛い。

 オレは平静でいるのがやっとだった。

 

 そんな顔をこんな間近で見せんといて欲しいわ……

 

 オレは密かに溜息をついた。

 

「名前…教えてくれへんの?自分だけ名前で呼んでからに。オレは自分の事何て呼べばええんか?」

 オレは少年をじっと見つめた。

 少年は笑うのをやめ、こちらを見つめ返してきた。

 その眼差しに、胸が締め付けられそうになった。

 

「オレからは教えられない。知りたかったら、自分で調べてね?」

 ヒント一杯あげただろ?



 そう言って少年は名前を言おうとはしなかった。

 

「…オレが見つけられへんかったら?」

「平次はきっと見つけるさ。なんせオレが惚れた男だからね」

「え?」

 少年はオレが耳を疑いたくなるような言葉をさらっと言ってのけた。

 

「ほ、ほんまかいな?」

「じゃないと正体バレる前にヘリに突っ返してるさ。平次だから素顔を見せたくなったんだし…。

 平次もオレの事、好きなんだろ?だったら見つけてみせてよ…、オレ…待ってるから」


そう言って少年は優しく微笑んだ。

 オレは夢を見ているような気がして舞い上がっていた。

 気が付くと、オレ達はいつの間にか山を下りていて、少年はオレを静かに地面へと下ろした。

 

「スマンな…腕ほんまに大丈夫か?結構キツかったんちゃうか?」

 オレは少年の腕を慈しむようにさすってやった。

 少年はしばらくオレの思うままにされていたが、徐に顔を近づけてきた。

 あっと思う間もなく、オレの唇に少年のそれが重なっていた。

 

「…これで平気、元気出たから。でも…」

 オレは顔を真っ赤にして、少年の顔を見つめていた。

 

「次は平次からして、ね…?」

 少年の爆弾発言に、オレは頭が沸騰しそうだった。

 

「ほんまに…ほんまにオレでええんか?後でイヤや言うても遅いんやで!?」

 少年がじりじりと後ずさって行くので、オレは段々と声が大きくなっていた。

そんなオレの気持ちを知ってか知らずか、少年は叫んだ。

 

「オレは平次じゃないとイヤだ!オレは誰のものにもならない。なるとしたら平次だけのものになる!

 だから…絶対に探して……オレを………」


 最後は声にならなかった。少年は大きな瞳に涙を浮かべていた。

 だけど、それだけで今のオレには充分だった。

 

「安心せい!すぐにお前を見つけたるからな!そん時は自分、覚悟しいや!」

 少年は安心したのか、袖で涙を拭うと少し微笑んで見せた。

 

「…待ってるから」

 最後にやっとそれだけ言うと、ぽんっと音を立てて、少年の姿はそこから消えていた。

 オレはその場に残された一輪のバラの花を拾い上げて、そっと口付けした。

 

「待っとれよ、絶対…絶対に見つけたるからな!!」

 

 


 

そしておかんとおやじにどやされるのを覚悟で家に帰ったオレは、土下座してその場の怒りを沈め、すぐさま調べ事に没頭した。

今判っているのは、キッドが中森警部の娘と幼馴染であること。

白馬と同じ高校に通っていること。魔女は…ヒントにはならへんかな。

大阪に帰ってから工藤から何度も何度も電話があった。

聞きたい事は山とあるだろう。しかし、答える訳にはいかなかった。

これはオレとキッドの事やから。

それに、キッドは工藤と関わりを持ちたくないと言っていた。

オレがキッドの正体を知ったとしても、絶対に工藤には教えて欲しくない筈だ。

 だから敢えてオレにその話をしたのだろう。

 

途中、オレは大滝ハンの力を借りてしもた。

ほんまは全部自分で調べたかったけど、あんまり快斗を待たせらあかん思うたからや。

別れる時にアイツは泣いとった。

キッドの時は常にポーカーフェイスを装っとるみたいで、滅多に感情を表に出さん。

けど、ほんまのアイツは良う笑うし、それに涙もろかった。

今も泣いてるかもしれへん。

それに、あんまりアイツを待たして心変わりされてもかなわんからな。

あんな可愛いヤツ、キッドにならんかてその辺の男がほっとけへんやろし。

 

そして、オレはやっと調べ上げた。

ノートの切れ端にその住所と名前を記してオレは家を飛び出していた。

 切れ端を大事そうに握り締め、東京行きの新幹線に飛び乗った。

 

会える…

 もうすぐアイツに会えるんや……

 

 キッドと別れて10日が経過していた―――――

 

 

 



「…今日も来なかったな…。アイツ、いつになったらここが分かるんだよ」

 少年は溜息をつきながら学校を後にした。

 少年はあの日から、ある少年を待ち続けていた。

 毎日毎日、その少年が現れないだろうかと胸を高鳴らせていた。

 だけど今日も現れなかった。

 もしかしたら、もう自分の事は忘れてしまったんだろうか。

 そう思うと少年は悲しくなってしまって、帰る足取りも重くなってしまう。

 家に辿り着いたのは、いつもより1時間も遅くなっていた。

 家の門を開けようとして、後ろから声を掛けられた。

 その声に我が耳を疑った。

 

「えらい遅かったな〜。結構待ってたんやで?でも会えて良かった…」

「へい…じ…」

「…待たせてスマンかったな…快斗…」

 平次は優しくその少年の名前を呼んで微笑んだ。

 快斗と呼ばれた少年は、目に涙を浮かべて平次に抱きついた。

 

「も…来てくれないかと思った…」

「まだ10日しか経ってないやんけ…。けど不安がらせてほんま、スマンかったな快斗…」

 平次は快斗を強く抱きしめた。

 そして、優しく快斗の名を呼んだ。

 

「快斗…」

「平次…?」

 快斗が少し顔を上げると、平次はそっと顔を近づけ、唇を重ねた。

 

「もう、逃がさへんからな――…」

「平次……」

 

 

 二人はもう一度、お互いをぎゅっと抱きしめた。

 

 

 

こうして探偵と怪盗の秘密の恋いは始まったのだった――----

 

 

 

end   

 


 

やっと終わった〜(T▽T)

平次が黄昏の館に来ていたら…と妄想しただけだったのにこんなに長くなるとは…

コナンと白馬ファンの人、ごめんなさいぺこり