「静かに!どうしたのかしらね…取り合えず日直は急いで教材室から蛍光灯持って来てちょうだい。
テストはそれから再開します。今日の日直は…工藤君と黒羽君、お願いね」
オレはそういえば日直だったと立ち上がりかけた。
椅子に手をかけた瞬間、金具に触れてそこがバチッと激しく火花が散った。
 
「!!」
 
金具に触れた手もまだバチバチと電気を帯びている。
オレは青ざめて、教室を飛び出していた。
 
「別に走って行かなくてもいいのよ!」
 
先生の声が聞こえたが、それどころではなかった。
オレは闇雲に廊下を走った。
無意識に教材室に向かっていて、慌てて部屋に駆け込んだ。
かなり走ったのでゼェゼェと肩で息をした。
 
オレ…どうにかなっちまったのかな…
不安で胸が押しつぶされそうになる。
涙が自然と溢れていた。
一人で泣いているところを、誰かが近づいてきた。
オレは必死で涙を堪え、息を潜めた。
ガラリと音がした。
 
「快斗?いるんだろ」
「新一!」
 
オレは新一の声を聞いて嬉しくて顔を上げた。
だが、そこにいるのはいつもの新一じゃなかった。
雰囲気が…違う。
新一は興味深そうにオレを眺めていた。
 
「新一…?」
「どうやらやっと目覚めたみてーだな」
「新…」
「ったく、何年掛かってんだよ?普通とっくに覚醒してるってのに」
 
オレは新一が何を言ってるのかさっぱり分からなかった。
分かるのは、怪しい光を帯びた新一の瞳を見てはいけないということだけだ。
今の新一は危険だ。
何故だか本能が告げている。
だが、そんな本能の危険も全く解せず、新一はオレに近づいてくる。
オレはどうしていいか分からず、じっとその場で固まるしかなかった。
新一はオレの頬に触れた。
ピリッと電流が走る。
今のこの身体は全身を電流が駆け巡っている。
触った場所から電気を放出してしまう。
新一の反応が怖くて恐る恐る顔を上げたが、新一は笑っていた。
 
「……の化身。やっと目覚めたか…」
「え…?」
 
この身体の不可思議さに異を唱えるどころか、寧ろ嬉しそうだった。
触れる場所、触れる場所から電気を帯びるというのに、新一は全く気にせず触れてくる。
何だかオレの方が怖くなってきた。
また目頭が熱くなってきた。
 
「新一…オレ…」
「やっと目覚めたんだから、楽しませろよ」
 
そういって新一はオレの顔を覗き込み、顔を近づけてきた。
触れている新一の手が、熱い…
 
「新…」
 
目を思い切り瞑った瞬間、ドアが大きな音を立てて開け放たれ、誰かがズカズカと侵入してきた。
オレは目を開けた。
その侵入者は新一の身体をオレから無理やり引き離した。
 
「遊びはシマイやで、工藤」
「…服部」
「え…?」
 
どうやら二人は知り合いらしかった。
工藤はバツが悪そうに肩を竦めた。
何故だか服部が現れただけで、オレは急に力が抜けて安堵していた。
そんなオレに服部は優しく微笑みかけた。
 
「怖なかったか?もう大丈夫やで」
「服部…!!」
 
オレは無意識に服部の胸に飛び込んでいた。
服部の匂いに包まれると、何故だかとても安らげる。
服部はそんなオレを優しく受け止めてくれた。
 
「ちょーっと待て!その言い方、まるでオレが何かしたみてーじゃん」
「みたい、じゃのーて実際キスしようとしとったやないか!」
「あ…あれは不可抗力で…」
「どこがや!怖がっとったやないか!!黒羽はオレに任してさっさと教室戻りぃ」
「ちぇーっ。折角お祝いしてやろうと思ったのに」
「そんなんええから、早よ行けや!」
「ったく。白馬に言いつけてやるからな!快斗を独り占めすんじゃねーぞ!!」
「分かっとる!ほら行け行け!」
 
最後は本当にうざそうに、犬を追い払う仕草で新一を出て行かせた。
新一は部屋にあった蛍光灯を数本持つと、部屋を出て行った。
部屋を出て行く時、新一は服部に悪態をつくのを忘れなかった。
新一がいなくなって、急に静かになった。
今一つ、今のやり取りについていけなくて、オレは呆然としていた。
 
「黒羽…」
 
ふいに名前を呼ばれて、オレはそういえばずっと抱きついたままだったと慌てて服部から離れた。
 
「ご…ごめん、オレ…」
「言うた通りになったやろ?」
「え?」
「昨日言うたやん。次は自分から抱きついてくるて」
 
そういえばそんな事を言われたかもしれない。
オレは一気に顔が赤くなった。
絶対オレから抱きつくなんて有り得ないと思っていたのに。
 
「そんで、どない?オレに抱きついてから」
「アホか!!何言わせんだよ!!」
 
オレはあまりの恥ずかしさに服部に殴りかかろうとした。
服部は慌てて逃げた。
 
「ちゃうて!オレが言うたんは雷の事や!」
「雷…?」
「自分、雷神の化身やろ?昨日オヤジに言われんかったか?」
「ちょっと待て!何でオレが昨日オヤジの夢見たの知ってんだ?」
「そんなん本人に聞いたからに決まっとるやろ?昨日オレの夢にも現れたんや」
「オヤジが?」
「正確に言うと、一昨日も現れたで。そろそろ覚醒するはずやから快斗を宜しゅう頼むってな」
「オレより先にお前のとこに行ってたのか?何かずりぃ」
 
オレは少し拗ねてしまった。
オヤジが死んでからずっと寂しい思いをしてきたというのに、何で服部のところに先に夢に現れるんだよ。
オレは不貞腐れた。
 
「しゃーないやろ?本来なら数年前に覚醒しとるもんが、この歳になるまで未覚醒のままやったんや。覚醒時に力が一気に解放されるかもしれんやろ?
心配やからオレがセーブしたってや、言われたんや」
「大体なんだよ!化身だとか何だって急に言われても訳分かんねーよ!」
「せやから言うてるやろ?お前は太陽の化身のオヤジさんと、龍神の化身のオフクロさんの力を合わせた力持っとんねん。
オヤジさんは自分の血を受け継いどる思うて、太陽の力を借りて目覚めさそうとしとったらしい。
せやけど快斗は雷神の力を持っとったから、太陽の力では覚醒出来んへんかったんや。記憶にないか?」
 
言われて初めて気が付いた。
幼い頃、オヤジが言っていたおまじない。
実はあれは力の覚醒を促すための儀式だったのだ。
オヤジは落ち込んだ時に、太陽に手をかざせと言っていた。
オレが普通に太陽の化身だったらあの時、覚醒出来ていた筈だ。
だがそれは叶わず、何年も覚醒出来ずに過ごしてしまったのだ。
 
「そいつが落ち込んどったり頑張っとる時、手をかざすとそれぞれの神が力を分け与えてくれるんや。そのお陰で覚醒出来る言う訳や」
「その化身ってそもそも何なんだ?」
「まぁ話せば長くなるんやけど…要は自然を大切にせぇっちゅう話や」
「何だよそれ?意味分かんねーけど」
「大昔、天変地異が地上で頻繁に起こっとったんや。神様が天上からそれらを鎮めとったんやけど、あんまり酷ぅてとても追いつかんから言うて
地上にそれぞれの神の化身を作った。
ほんでその化身が地上で天変地異を鎮める役目を担っとった、ちゅー訳や」
「そうなんだ…」
 
オレは初めて聞かされる事実にただ、唖然とするだけだった。
 
「ほんまはもっと神の化身がおったらしいけど、天変地異も段々と鎮まってな。化身も自然と減ってったらしいで」
「服部は?」
「ん?」
「服部も雷の化身なのか?」
 
オレは当然の疑問を服部にぶつけた。
雷をコントロール出来るみたいだから、当然同じ力を持っていると思ったのだ。
 
「ちゃうな」
「え?でも…オヤジも服部に頼んだくらいだから、同じ力を持ってるんじゃ…」
「オレに抱きついた時、何か感じんかったか?」
 
言われてオレは服部に抱きついた時の事を思いだした。
全身を電流が流れてる感じがしたが、服部に抱きついたらそれらが全部服部に吸収されていった様な気がした。
変わりに服部の温かい気が流れ込んで来たのを思い出した。
 
「オレの中の雷が服部の中で浄化された…?」
「そうや。雷神は雷を作ったり操ったり出来るけどな、浄化は出来んのや」
「だったら…」
「オレは大地の化身。ちなみに力に目覚めたんは小二の運動会ん時やで。徒競走の途中で転んでしもてな?小っさい時に教えてもろたおまじない
思い出して、大地に手ぇつけて力貸してくれ、ってお願いしたんや」
 
服部はにかっと笑ってみせた。
その時のことを思い出したのか、服部の顔が少し幼く見えた。
「黒羽は昨日雨雲に手をかざしてやっと覚醒出来たんや。長い事覚醒出来んかったから、覚醒するんも派手やったなぁ。雷を全身に受けてもうたんやから。
オレが咄嗟に抱きついて雷浄化したったからえかったけど…ホンマどうなっとったか分からんで?自分目覚めたばかりでコントロールなんて出来んし、
ヘタすりゃその辺落雷だらけになったかもしれへん」

 
改めて言われると、昨日の出来事が本当に大変な事だったんだと実感する。
やっぱりあの雷はオレの上に落ちていたんだ。
 
「そういや新一のヤツ…」
 
服部の話を聞いていて思い出した。
さっき新一はやっと目覚めたと言っていなかったか?
オレの力の事を知っていたのだろうか。
 
「あぁ、工藤か。アイツは火の化身や」
「えっ!?」
 
聞かされていなかった事実に本気でオレは驚いた。
まさかこんな身近に化身が二人もいるとは思っていなかった。
そういえば、新一が触れて来た手はとても熱を帯びていた。
それで納得がいった。
 
「ついでに言うと、白馬もやで。アイツは風や。風の化身」
 
化身は減ったとか言いながら、オレの周り化身だらけじゃねーかよ。
 
「アイツらもオレと同じくらいん時に目覚めた言うとったな」
「何だよ!オレだけのけもんかよ!」
「しゃーないやろ?こればっかりは周りがどうこう出来んし。見守るだけや」
「っていうか!何かオレ新一に襲われそうになってなかった?」
「今更何言うてんのや」
 
服部は深〜い溜息をついた。
無自覚に誘っていたんじゃないかとふと心配になる。
 
「黒羽の事めちゃめちゃ狙っとっやないか。自分警戒心無さ過ぎやで!ちったぁ自覚しぃ」
「そ…そんな事言われても男に狙われるなんて誰が思うかよ!」
「白馬も自分の事…」
 
言いかけて口を噤んだ。
服部はオレをじっと見つめた。
 
「快斗…」
 
いつの間にか黒羽から快斗に呼び方が変わっていた。
オレはまたドクドクと胸が高鳴ってきた。
 
「オレはな、ずっと前から快斗ん事知っとった。雷神とは知らんかったけど、何かの化身や言うのはすぐに分かったから、それからずっと気にして見とった。
オヤジさんが夢に現れて快斗を頼む、言われた時は正直むっちゃ嬉しかったんや。やっと自分に近づける…てな」
「服部…」
「オレは、快斗の事好きや。ずっと助けていきたい思うとる」
 
オレは真っ赤になって、顔がまともに見れなかった。
服部は俯いてしまったオレを覗き込むように話しかけた。
 
「快斗は?オレの事どう思うとる?気持ち悪くないか?」
 
オレは服部にしがみ付いた。
服部は驚いていたが、構わずギュッと抱きしめた。
やっぱりいい匂いがする。
温かくて、ほっとする。
きっと、化身の力とか関係ないんだ。
だって、今オレは雷は出していないんだから。
オレは思い切って顔を上げた。
思ったより顔が近くてドキンと胸が高鳴った。
 
「…オレも、多分好きだよ」
「多分て何やねん」
 
服部はガッカリしたように呟いた。
 
「多分は多分だよ!」
「絶対にしとけや」
「オレは服部と違って昨日初めて逢ったんだ!そんな短い間で好きだとか分かるもんか!!」
「オレは快斗に一目惚れやったんやぞ!そのオレはどないすればええんや!」
「知るか!んなもん自己責任だろうが!!」
 
このままだと不毛な言い争いが延々続きそうなところに、第三者の声が降ってきた。
 
「…取り込み中すまねーが」
 
オレ達二人は顔を見合わせ、同時に声の主を振り返った。
そこには新一が当たり前の様に立っていた。
 
「新一?教室戻ったんじゃ…」
「バーロー。あれだけで蛍光灯足りるかよ。服部!ついでにお前も運ぶの手伝え。つーか快斗の分お前が持て」
「相変わらず人使い荒いやっちゃの〜」
「文句あんのか?」
 
ギロリと睨まれ、服部は肩を竦ませた。
 
「…ありまへん」
「よーし。じゃ、これだけ持って教室戻るぞ。後1分以内に戻らなかったら有無を言わさず補習だって言ってたぜ、小泉」
「げっ、マジ!?早く戻んないと!!服部も早くしろよ!」
「オレ関係ないんやけど…」
「つべこべ文句言うな!早くしろ」
「へいへい」
 
オレと新一は先に教材室を出た。
新一は部屋の外で服部が出てくるのを待っていた。
服部は訝しげに新一を見遣った。
新一は小声で囁いた。
背も凍るほどの低い声で。
 
「さっきはオヤジさんの手前許してやったけど、次からは快斗に手ぇ出したら殺すからな」
 
先に手を出しかけたのは自分じゃないかと言い掛けたが、新一にそんな事が言えるはずもない。
何を言っても綺麗に跳ね除けられそうである。
それどころか二倍、三倍にして返されそうだ。
 
「平次〜早く来いよ!」
 
笑顔で自分の名前を呼ぶ愛しい人の顔を見つめて思わず笑顔で返しそうになったが、この男ではそんな顔は見せれなかった。
服部は新一や快斗に気付かれず、こっそりため息をついた。
 
「恋敵が多いんも問題やな…」
 
この恋が成就するのはまだまだ先の話である――――……




end



ちょっと毛色の変わった話、いかがだったでしょうか。
最初新一に強気だった平次も、やっぱり新一には敵わず…(苦笑)
昔オリジナルで考えてた話を平快で手直ししただけなので割りとすんなりと書けました。
何故かクラスが男子校のノリなってしまったので、先生は紅子ちゃんにしてみました。
怒らせたら怖そうだ(笑)



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