それを目撃したのはほんとに偶然だった。
 
教室に手品で使うタネをうっかり忘れてしまって。
学校を出てから結構な距離を歩いていたけど、
明日青子に見せると約束してしまったので、思い出して慌てて学校へと引き返した。
校舎へ入ると隣の校舎から吹奏楽の奏でる音楽が聴こえて来た。
グラウンドからは運動部の活気のある掛け声が聞こえる。
しかし、校舎の中はとても静かだった。
文化系の奴らはそれぞれの部屋で活動しているから、教室には全くといって良いほど人気がなかった。
音が響くのが嫌で、オレは普段では考えられない程、なるべく静かに廊下を歩いた。
 
だから二人共もオレが見ていたのに気付かなかったんだと思う。
先生と新一があんな関係だったなんて――――…
 
オレは教室のドアの前まで来て、中でかすかに動く人の気配を感じた。
少しだけドアが開いていたのでそっと隙間から様子を窺った。
何故普通に入らなかったのかというと、こんな誰もいない校舎で誰が、何をしているのかとても興味があったから。
オレは気付かれないように静かに覗き込んだ。
すると、気さくな大阪弁を喋る、生徒にも人気のある英語教師の服部先生と、同じクラスで親友の工藤新一の二人の姿があった。
新一は恥ずかしそうに机にもたれ掛かり、そんな新一を上から愛しげに見つめるのは先生。
 
(これってどう見ても恋人同士なんだけど!まさかっ!?)
 
オレは心臓がバクバクするのを抑えながら、固唾を呑んで二人を見守る事にした。
 
「工藤…なんでオレの顔見てくれへんの?」
「なんでって…」
 
新一は顔を赤くすると、プイっと顔を背けた。
窓側に顔を向けてしまったので、ここからじゃ表情は読み取れない。
オレは先生の方を見た。
細い銀縁眼鏡から覗く瞳は授業中からはとても想像出来ない程穏やかな表情で、優しく新一を見つめていた。
その緑の深い瞳は、見ているオレも恥ずかしくなるほど新一しか見えていない程にひたむきだった。
 
「あんまり人の顔ジロジロ見るな!」
「ええやろ?工藤の顔見てたいんや」
「は…恥ずかしいだろーが///」
「工藤もオレの顔見て。視線感じるだけやともっと恥ずかしいやろ?」
「……」
 
新一は根負けしたのか、しばらくして先生の方に顔を向けた。
 
「服部…」
 
新一と視線が重なった…、と思う間もなく顔を近づけて唇を重ねていた。
そっと唇を離し、先生は新一の瞳を覗き込んだ。
 
「やっとこっち見てくれたな」
「バ…バーロー!誰か来たらどうすんだよ!!ここどこだと思って…」
「誰も来ぃへんて」
「そんなの分かんな……ん…っ……」
 
先生は新一の抵抗などお構い無しに、再び唇を重ねていた。
今度は激しく、奪うほどの激しいキス。
何度も角度を変え、啄ばんでいく。
 
(も…もしかして舌…とか使ってんのか?)
 
オレはそこから身動きも取れずに、二人の濃厚なキスシーンに釘付けになっていた。
時々新一の口から漏れる吐息にオレは興奮していた。
先生は硬派だ…とは思ってたけど、まさかこんな趣味だったなんて。
新一にしてもそうだ。
オレが女の子の話をしていても全く興味無さそうだったし、女が嫌いなんだと思ってたけど。
先生とデキてたなんて、何で教えてくれねーんだよ!
まあ相手が先生じゃ言えないのも無理ないけどさ。
先生って結構積極的ってかあんな顔するんだな。
笑顔が定着してるけど、新一を見つめる先生の顔って結構そそる。新一も潤んだ瞳して…
って何考えてんだよ―――っ!!
オレにそういう趣味はねーぞ!!
 
そんな事を考えているうちにも、二人のドラマは進んでいく。
濃厚な口付けを交わした後、再び二人は見つめ合っていた。
新一は先ほどよりもさらに顔を赤くしていた。
 
「こんくらいでそんな照れなや。もっと色々しとる仲やのに」
「だって…」
「ん?」
「眼鏡…」
「眼鏡がどないかしたか?」
 
言われて先生は自分の眼鏡に手をやった。
傷でも入ったのかと眼鏡を外してじぃっと眺めた。
 
「家じゃしてねーじゃねーか」
「ああ、家じゃ本見る時とテストの採点する時くらいしかせんけど…それが…」
「お前が眼鏡掛けると色っぽくなるから…」
「へ?」
 
先生がきょとんとした顔をしたので新一は焦って言い直した。
 
「お前が眼鏡掛けるとエロさが増すから一緒に居たくねーつってんだよ!エロオヤジ!!」
 
新一は照れ隠しにガンッと机を蹴った。
足癖の悪い女王様である。
 
「それって普段はそこそこカッコええ先生やけど、眼鏡掛けると更に男度が増すって言うてんのか?
工藤は眼鏡しとるオレが好きなんやな〜なんや知らんかったわ」
 
先生は眼鏡を掛けてにやりと笑った。
 
「そこまで言ってねー!てか自分でカッコイイとか言うな!!アホかてめー」
「そうか〜それで学校じゃまともに顔合わせてくれへんかったんやな。学校じゃいっつも眼鏡やし」
 
先生は新一の言う事など全く耳に入ってないように続けて言った。
 
「寂しいな〜思うてたけど違ったんや?オレの顔直視出来んくらいカッコええか?」
「だから、見るなって…」
 
新一は本当に耳まで真っ赤になっていて、覗き見しているこっちが笑ってしまいそうだ。
 
「工藤…」
 
先生はそっと新一の頬を両手で包んだ。
 
「好きやで…工藤…」
 
新一は顔を上げた。
視線がぶつかって、やはり照れてしまい視線は逸らしたが、再び先生の顔を真っ直ぐ見つめた。
 
「オレも……」
 
先生はにっこり微笑んで、新一をギュッと抱きしめた。
 
「これからは家でもずっと眼鏡しとこかー?」
「いい!!ってか掛けるな!!」
「可愛ええな〜工藤は。ほんまイジめたくなる顔するわ、自分」
「ふ…ふざけん……っ」
 
何度目か数えるのもアホらしい口付けを交わして、先生は新一の耳元にそっと何事かを囁いた。
新一は顔を真っ赤にして立ち上がった。
 
「帰る!!」
「部屋で待ってんで〜」
「ぜってー行かねー!!一人で勝手に待ってろ!!」
 
ヤバイ!
新一が鞄を手にしてスゴイ勢いでこっちへ向っている。
オレは慌ててドアを開けても先生に見られない位置に移動した。
それ以上は動けなかった。
 
ガラリッ
静かな廊下に響き渡る大きな音。
オレの心臓は止まりそうだった。
 
案の定、教室から出てきた新一がオレに気付いて固まった。
が、オレが見つかるとマズイと思ったのか、そのままピシャンとドアを閉めて無言でオレを引っ張って行った。
 



 
ちょい苛め過ぎたかな?でも工藤可愛いからつい意地悪したくなるん悪い癖やな〜。
服部は新一が出て行ったドアをしばらく眺めていたが、遠ざかる足音を聞いて少し驚いた。
極力足音を出さないようにしているが、一人ではない。
 
あちゃ〜逢引見られてしもうたかな?
工藤に夢中で全然気ぃつかへんかったわ。


 
服部は少しだけそれについて思いを巡らせていたが、やがてにやりとほくそ笑んだ。
大人しう覗き見してたっつー事はそいつも満更やない、いう事や。
どこのどいつか知らんけど、口止めせなアカンな〜。
服部は誰も居ない教室でくつくつと笑った。

 
この時服部が善からぬ事を企んでいた事など、快斗が知る由もなかった。



 
 
下駄箱まで来ると漸く新一から開放された。

 
「絶対喋るなよ!」
 
開口一番新一はそう言った。
よっぽど恥ずかしかったのだろう。
顔を真っ赤にしている。
こいつ結構可愛いところあるんだな〜なんて思いながら。

 
「別に言わないけど、いいよな〜新一」
「な…何がだよ?」
「だって先生って大人なだけあってキス上手そうじゃん?新一もイイ声出してたしさ」

 
オレは新一の唇にそっと指を滑らせた。

 
「お…お前悪趣味…!」

 
新一は驚いて後ずさり、下駄箱にドンとぶつかった。
オレは構わずに新一に顔を近づけた。

 
「あっちも上手いんだろ?なあ、先生ってイク時どんな顔すんの?」
「か…快……っ」
「興味あるな〜。普段女っ気全然ねーのにお前見る時の先生の顔ったら、そりゃあ色っぽくてさ。見てたらそそられちゃった」
「お…お前女にしか興味無かったんじゃ…」
「ん?お前ら見てたら考え変わっちゃった。男同士も楽しそうだよな〜。なあ、先生貸してv」
「ふ…ふざけんなっ!!あいつはオレのもんだ!!」
「いいじゃん、新ちゃんのケチー」
「ケチとかいう以前の問題だろ!他を当たれ!他を!!」
「だって先生がいいんだもーん。いいじゃんヤるくらい。別に取ったりしないから」
「ヤるくらいって…、あ…あいつにだって拒否権あんだぞ!」

 
新一は相当焦っている。
面白いね〜益々苛めたくなっちゃう。

 
「オレには切り札あるんだよ?先生と新一が教室でイイ事してたって皆にバラすって言ったらどうかなー?」
「お…お前……」
「ははっ冗談だよ冗談!新一超焦っちゃって面白すぎ〜」

 
オレは大笑いして新一の肩をぽんぽんと叩いた。
新一はまだ信じられずにオレの事を疑わしげに睨み、念を押した。

 
「オレのだからな!」

 
そんなに言われると冗談を本気にしてしまいたくなる。
そうでなくても言った事の半分は本気だったのだ。
先生となら寝てもいい…なんて。




 
「なんやお前ら、まだ帰っとらんかったんか?」



 

階段の上から先生の声が降ってきた。
どうやら下駄箱で話し過ぎたらしい。
先生に今新一と二人で居るのを見られると不味いと思ったが、覗き見した事はバレてないと高をくくり、先生に笑いかけた。
さっきの光景を思い出し、先生と目が合うと不覚にも少し顔が赤くなってしまった。

 
「先生は今から帰るんですか?」
「もうちょいしてから帰んで。まだ仕事あるしな。お前らは部活もないんやし早よ帰れよ〜」
「は〜い」

 
元気良く返事をして、新一と二人でそそくさとその場を後にした。
さっき先生がオレの顔見て笑った気がしたけど…気のせいだよな?
普通に微笑んだのなら別に気にも留めないが、一瞬見せた獲物を捕らえたような不敵な笑み。
そして夕焼けに反射してよく見えなかったけど、眼鏡の奥の瞳はオレを射抜くような鋭い光を放っていたように見えた。
身体のどこかが疼く様な、不思議な感覚がオレの全身を駆け巡った。
そこまで考えてオレはブンブンと頭を振った。
気のせい!気のせいだよな!!
オレは何事もなかったかのように無理やり笑顔を浮かべ、新一と二人並んで校舎を出た。






 
「さっきの黒羽やったんやな〜。顔赤うして可愛ええやないか。
明日辺り、工藤にバレんように探り入れてみよか〜。覗き見しとったお仕置きもせなアカンしな…」


服部はそう呟くと、不敵に笑いながら職員室へと向った。

 
服部平次、27歳。
困った事にまだまだ男盛りであった―――






ハチス様に素敵な平次と快斗を頂いたのでせめてものお礼にと
リクエストの眼鏡平次書かせて戴きました!
ってか教師平次とか自分が書きたかっただけだったり…(汗)
平新だけで終わらせるつもりが気が付いたら快新、平快っぽく…
すみませんこんなので〜〜。
こんなのでよければ煮るなり焼くなりお好きにどうぞ!!

挿絵とかイタイ事までやってみたり(27に見えない上に色気もクソも無い)
話の中の平次とは別人です!(断言)
教師平次は2nd Stainのハチス様の眼鏡平次の方が近いです。ってか思いっきりそっちをイメージして書きましたから!!
そちらでお口直ししてください〜。


平次と新一は半同棲してます(今頃)
週の半分は入り浸ってます。
この日は間違いなく工藤邸に帰宅ですね。
平次が新一に何を囁いたか知りたい方は反転で↓

「そんな顔してくれるんやったら、これからはエッチん時は絶対眼鏡有りやな!」

(恥)