噂の転校生   2




「お帰り新一」
「…ただいま」
 
オレはリビングのソファーで寛いでいたが、玄関の扉が開いたので、慌てて玄関へと出迎えた。
今日機嫌が悪かったので、伺いを立てるためでもある。
 
「…まだ怒ってる?」
「別に」
 
にべもなく言われてしまった。
もう少し機嫌が持ち直してから秘密兵器を投入しようと思っていたのだが、早い段階で出さざるをえなかった。
これで機嫌が直らなかったらどうしよう?
 
「あ、あのさ!今日レモンパイ作ったんだよね。新一好きだろ。食べる?」
「−ん、食べる」
 
まだ完全に機嫌が直った訳ではないが、大好きな食べ物を引き合いに出されては食べない訳にはいかない。
新一はボソッと答えた。
オレは食べないと言われたらどうしようと思っていたが、取りあえず好きなものを食べるだけのエネルギーはあるみたいなのでホッとする。
もしかしたらレモンパイを食べ終わる頃には機嫌が直っているかもしれない。
 
「コーヒーも淹れるから待ってて!」
 

オレは少しだけ期待して、台所へ行っていそいそと支度を始めた。
 
 

 
オレと新一は一コ違いのイトコ同士。
オレの父さんと新一の母さんが兄妹なのだ。
新一の父さんは有名な推理作家、オレの父さんも有名なマジシャンで、二人とも海外を飛び回っている。
必然的に家に居ることがほとんど無い。そこで心配した両親が高校入学と同時にオレを工藤邸へと寄越したのだ。
ようは料理を全くしない、推理小説を読み出したらご飯を食べるのも忘れて熱中してしまう困った性格の新一のお目付け役である。
オレは料理は得意なので、家事全般を引き受けた。
新一はたま〜に勉強を見てくれたり、マジックショーのチケットを取ってきてくれたりとオレを労わってくれて、それなりに楽しくやっている。
オレと新一が一緒に暮らし始めてから、もう半年は経とうとしていた。
無愛想なので、いつも機嫌が悪そうに見られる新一だが、今日はほんとに機嫌が悪い。
こんな事は初めてだったので、戸惑ってしまう。
オレはコーヒーを淹れる間に、レモンパイを綺麗に切って皿に並べ、フォークやカップなどを用意した。
その間、新一はじっとオレの事を見つめていたが、オレは全く気付いていなかった。
 

「お待たせ〜。今日はいつもより美味しいはずだよ」
「さんきゅ」
 
コーヒーの香りを嗅いで、新一は満足そうに口に含んだ。
そして、レモンパイを手で掴み、口一杯に頬張った。
オレはそれを見て慌てて叫んだ。
 
「あ!新一ってば折角フォーク出してやってんのに意味ねーじゃん!」
「ちまちま食うよりこっちの方が美味しく食べれんだよ。男なんだからオメーもガブッと行け!ガブッと!!」
「やだよ〜手汚れるし。フォークで食べやすいように切って食べる方がいいんだよ」
「お前らしいな」
「新一がガサツなんだよ」
「…ごめんな」
「え?」
 
ふいに謝られてしまって、何のことか一瞬解らなかった。
新一は少しばつが悪そうに、躊躇いがちに口を開いた。
 
「今日怒ってたの、別にお前が何かしたとかじゃねーから。どーせお前の事だからずっと気にしてたんだろ?」
「うん…。だってあんなに機嫌悪かった事ってなかったし…」
「あれはお前にじゃなくて自分に腹立ってたんだ。だから気にすんな」
「何でそんなに腹立ててたの?何かあった?」
「お前が気にすることじゃねーよ」
「でも…」
「とにかく!もう二度とオレのクラスには来るんじゃねーぞ?てか他に用事あっても二階へは上がって来るな!いいな?」
「何でそうなるんだよ?」
「いいから!返事は?」
「は〜い」
「よーし、いい子だ。ご褒美に夜一緒に寝てやろっか?」
「い、いいよ!子供じゃねーんだから一人で寝れるよ!」
「そっか?ならいいけど。ご馳走様、美味かったぜ。また作ってくれよな」
「うん!」
「じゃーオレ部屋で小説読んでるから、メシ出来たら呼んでくれ」
「分かった」
 
そう言って新一は鞄を持って、二階へと上がっていった。
今日機嫌が悪かったことと、自分が新一の教室へ行くことがどう結びつくのか解らなかったが、大人しく従う他無かった。
オレは残りのパイを口一杯頬張った。
 
 




 
翌朝。
オレと新一はいつも通りの時間に家を出て、いつものバスへと乗り込んだ。
乗り込むと同時にオレは車内を見渡した。
昨日会った先輩が乗っているかもしれないと思ったからだ。
だが期待も空しく、先輩の姿を見つけることは出来なかった。
 
(昨日は早めに来たなんて行ってたから、今日はこのバスだと思ったのになぁ)
 
オレはこっそりと溜息をついた。
 
「あいつ、いねーな」
 
ぽつりと新一が呟いて、一瞬声に出して呟いてしまったのかと思って焦ってしまった。
 
「あ、あいつって?」
「あのオヤジだよ。いっつもムカつくくらいお前ばっか狙ってただろ。今日はいねーな」
 
どうやら口には出していなかったようなのでほっとした。
オレは昨日の出来事を新一に報告した。
昨日は言える雰囲気ではなかったからだ。
 
「それで先輩が追い払ってくれたんだ。ほら、新一のクラスに昨日転校してきた…」
「あぁ、あのヤローか」

 
途端に新一はしかめっ面をした。
オレはもしやと思って恐る恐る聞いてみた。
もしそうなら今後の対策も練らねば成らない。
 
「もしかして…新一とその転校生って、仲悪い…?」
「ああ?別に〜。ま、仲良くなりたくはねーけどな」
「(…それが仲悪いっていうんだよ)」
 
オレは新一に気付かれないようぽそっと呟いた。
折角新一と同じクラスになったんだから、それを通じてあの先輩とお近づきになれたらいいな、と思っていたのに
新一がこの調子じゃそれも叶わない夢になりそうだ。
バスも違うみたいだし、オレはがっくりと項垂れてしまった。

 
オレは校舎に入って新一と別れると、上履きに履き替えて自分の教室へと向かった。
すると、いつもの聞きなれた幼馴染の声がオレに勢い良く話し掛けてきた。
 
「おっはよ〜快斗!」
「お前朝っぱらから元気だな」
「そういう快斗は元気ないわね〜?若者なんだから元気出しなさいよ!」
 
そういって、青子に思いっきり背中を叩かれる。
こいつは手加減ってものを知らないらしい。

 
「くっそー怪力女!!今ぜってー痕ついたぞ!ったく朝っぱらからそのテンションはなんなんだ?青子は悩み無さそうでいいよな〜」
「何よそれ!青子を馬鹿にしてるの?」
「そう聞こえたんならそうだろ」
「快斗のくせに生意気ね〜!ふんだ!まあいいけど。それよりさ、何か聞き出した?」
「何を?」
「あの転校生の事よ!同じクラスなんだから色々聞き出せたでしょ?新一先輩何て言ってた?」
 
オレはようやく合点がいった。
昨日の転校生の事が聞きたくてしょうがなかったらしい。
目を爛々と輝かせ、オレの報告を待ち望んでいた。
あまり期待させるのも気の毒だと思い、オレはありのままを話して聞かせた。

 
「ええ〜そんな〜!!折角先輩とお近づきになれるチャンスだと思ったのに〜」
「知るかよそんなの。誰にだって相性はあるんだから素直に諦めな。新一通さなくても他にお近づきになれるチャンスくらいあるだろ」
「そうかな〜?」
「そういえば、お前まだ転校生の顔見てねーんじゃなかったか?」
「そうだけど、何?」
「…顔も見てないくせによくそこまで熱くなれるな〜、と思ってさ」
「そういう快斗は見たの?」
「オレは…」
 
昨日の出来事を言いかけて思い留まった。
青子に何か言えばしつこく聞いてくるのは目に見えている。
それに、あまり昨日の先輩とのやり取りは人に聞かせたくなかった。(新一は別だが)
そこでオレは知らない振りを決め込んだ。
 
「オレもまだ見てねーや。そのうち会えるだろ」
「早く見たいのに〜」

 
オレは不貞腐れる青子を引き連れて教室へと入っていった。




 
一時間目、二時間目と滞りなく授業は進んでいった。
そして四時間目。
生徒たちの集中力が切れ掛かっている時間帯にそれは起こった。
生徒の一人が数学の方程式を前に出て必死で解いている時に、突然グラウンドから黄色い声が上がった。
気になった生徒達が窓の外を眺めた。
すると、他のクラスの生徒たちも覗いていたのだろう。他からも黄色い歓声が上がっていた。
 
「おいおい、何事だ?」
 
自分のクラスからも歓声が上がったので、気になった数学教師は窓際に近づいていって、グラウンドを眺めた。
すると、教師も「ほお〜」と感心したように溜息をついたので、他の生徒たちもそれに倣って窓際に集まった。
オレも例外なく窓際に近づいた。
教室のほとんどの生徒が窓の外を見ようと躍起になっていたので、窓際の生徒たちは人垣に揉みくちゃにされていた。
そんな事もお構いなしにオレは人垣を割って行き、ようやく窓の外を見ることが出来た。
そこには体育の授業でサッカーをしている二年生の姿があった。
女子生徒は隣でバスケをしていたが、ほとんどの生徒が男子生徒を見て応援していた。
オレは時間割を思い出し、新一たちがいるはずだと思って探してみた。
苦労するまでもなく、新一はすぐに見つかった。
それ程目立っているのだ。
新一はパスを受けると華麗なドリブルで敵を抜いていき、ゴール前まで来てシュートを決めた。
が、シュートは決まらなかった。

 
うちのサッカー部は都内でも有名で、インターハイにも何度も出場している程の名門校だ。
その名門チームのキャプテンを務めているのが新一である。
新一は小学生の頃からサッカーをしていて実力はピカイチだ。
並みのキーパーでは新一のシュートを止めることなど不可能。
うちの部のキーパーも、本気を出した新一のシュートは一度も止めることが出来ずにいた。
だから、今回のシュートも難なく決まるはずだった。
多分誰もがそう予想していただろう。
だが皆の期待を裏切って、ボールはがっしりとキーパーの腕の中に納まった。
途端に上がる歓声。
オレの周りの生徒たちも感嘆の声を漏らしている。
 
「すっげー!見たか!?工藤先輩のあのシュートを止めたぜ!!」
「あのキーパー何者!?」
「誰誰誰!?キーパーしてるの誰よ〜〜?」
「きゃ〜ッ!カッコイイ〜〜〜!!」
 
ボールの勢いが無くなるのを待って、キーパーは何かを叫んでボールを思いっきり投げた。
今度は相手チームの速攻が始まった。
ボールは中盤へと渡り、小刻みにパスを繰り返して敵のマークを散らす。
上がっていたフォワードに上手くパスを繋げたと思われたが、見事なスライディングでボールは新一チームに戻された。
再び新一チームの攻撃が始まる。
2人が新一のマークに付いていたが、それを軽くあしらいボールを取りに走り出した。
味方も新一の動きを予測していてパスを出した。
ボールを足の甲で軽く止め、そのままシュート体制に入る。
新一はゴールの左隅に狙いを定め、思いっきりボールを蹴った。
結構際どいコースで、今度こそ入る!と新一もボールの行方を見守った。
が、今度もキーパーによってゴールを阻まれてしまう。
パンチングで弾き飛ばしたボールは、ピッチの外へ転々と転がっていった。
それを見つめるチームメイトたち。
遠目で見ても新一は怒りに燃えていた。
キーパーは跳んだ弾みで落ちてしまった帽子を拾い、ぱんぱんと叩いて再び頭へすっぽりと被らせた。
そしてコーナーキックに備え、味方に大声で指示を出し始めた。
 
「工藤さんがシュート決めれなかったのなんて初めて見たわ〜」
「マジで凄いな、あのキーパー」
「まさかあのキーパーしてるのって…」
 
そのまさか。
キーパーをしていたのは、昨日噂されていたあの転校生であった。

 
「すげー……」


 
数学教師が生徒を席に戻そうと躍起になっていたが、オレは暫くその場から動けずにいた――――



 へ続く 



 
当初の予定では平次は全くサッカーなんてする設定はなかったのに、何でこんな事になってしまったのか…
キーパーをさせたのも帽子被らせてるのも管理人の超個人的趣味です。
てか某サッカーマンガに多大な影響受けてると思われます(笑)
色々表現がおかしいと思われますが、管理人がド素人なので大目に見てもらえるとありがたいです…