噂の転校生    3




「凄かったな〜さっきの」
「ほとんどの生徒が見てたんじゃねーの?歓声凄かったな〜特に女子が」
「あれ昨日の転校生だろ?やっぱ前のとこでも凄かったのかな」
「工藤先輩のシュートをセーブするなんて、インターハイでも充分通用するレベルだぜ?」
「当然サッカー部に入るんだろうな〜。うちのチーム無敵だぜ」
「や〜ん!あたしマネージャーやりた〜い!!」
「工藤先輩にあの転校生!サッカーも上手くて顔も良いなんて天は二物を与えるのね〜」
 


今は昼休み。

先ほどグラウンドで行われていた練習試合を見た面々が、好き勝手に噂していた。
皆凄腕のキーパーが現れたことで、色めき立っていた。
オフェンス力は高く評価されていたうちのチームだが、ディフェンスの要であるキーパーが弱かった。
これでキーパーも揃えば文句無し、一流チームの出来上がりだ。
その事を皆喜んでいるのだ。
だが、オレは新一の事が気がかりだった。
大会ならまだしも、こんな体育の授業でシュートが決まらなかったなんて自尊心が許さないだろう。
また今日もすこぶる機嫌が悪いかもしれない。
オレは新一の事を考えると頭が痛くなった。

 
だが、あの先輩の事を考えると胸が高鳴った。
ボールの行方を必死で目で追い、ボールを持った者が近づくと鷹のような鋭い動きでそれを阻止する。
その動きに無駄は無かった。
確実にボールが向かう方向に身体が動く。
そして仲間にも的確な指示を出す。
その確かな先輩の動きにオレは虜にされてしまっていた。
その日のオレは新一の心配もしていたが、半分以上はあの先輩の事で頭が一杯だった。
青子に話しかけられてもしばらくは上の空だった。


 
「も〜快斗ったら、何バカ面してんのよ!気持ち悪いわね」
「だ…誰がバカ面だって?」

 
オレはようやく我に返った。

 
「ずっと変な顔しちゃって、気持ち悪いったらないわね」
「悪かったな〜。あれ?もしかして授業終わった?」
「…ほんとに馬鹿ね〜一日何してたの?」
「……」
「まあいいけど。ね!これからサッカー部行くでしょ?」
「サッカー部?」
「あの転校生!あれだけサッカー上手いんだから、当然サッカー部に入るでしょ?見に行こうよ!」
「別にいいけど、何でいっつもオレ誘うんだよ」
「だぁって〜恵子は彼氏がいるし、つき合わせちゃ悪いじゃない?それにサッカー部は新一先輩いるし〜」
「だから!新一とあの転校生は仲悪いんだって!!」
「いいじゃないどっちだってさ!とにかく行こうよ!」


 
オレはいつもの如く強引に青子に押し切られ、サッカー部へと引きずられるようにして連れてこられた。
すでにグラウンドは人垣で一杯だった。


 
「ねえねえ、あの転校生ってサッカー部入ったの?」

 
青子が同じ一年生を見つけて話しかけた。

 
「分かんない。だけどまだグラウンドにはいないわね」
「そっか〜。ありがと」
 
青子はそういってオレのとこまで戻ってきた。

 
「あの転校生まだグラウンドには来てないんだって。サッカー部入ってないのかな?」
「昨日転校してきたばっかですぐ部活なんてする訳ないだろ?サッカー部に入るとしてもまだ先だろ」
「そっか〜残念」


青子はがっかりして肩を落とした。

 
「今度こそ近くで見れると思ったのに〜。今日のキーパーしてる姿カッコ良かったな〜。はあ」
「もういいから帰ろうぜ」
「快斗は先に帰ってて。青子はまだここで様子見てるから」

 
青子は溜息をつきながらも、まだ希望は捨てずにそう言った。
無駄だと思うが口には出さずに「頑張れよ」とだけ言ってその場を後にした。

オレは何となく気が向いて、サッカー部の部室の方へと歩いて行った。
部室の前に数人の部員たちが一人を囲むように立っていた。
よく見ると、その囲まれている男子生徒はあの先輩だった。
オレは気付かれないように、そっと近づいて建物の影に隠れた。
僅かだが、話し声も聞こえてきた。

 
「頼むよ〜お前ほどの実力なら入部、即レギュラー確実だぜ?」
「せやけど、オレこっちでまでサッカーやる気ないしな〜。オレ剣道がやりたいねん」
「うちの剣道部なんて弱小だぜ?それより絶対サッカーだよ!!」
「そうそう!うち何度も全国行ってるし、実力なら文句無しだぜ?」
「そうは言うたかて…」
「来月から選手権予選始まるし、ほんと頼むよ!うちに入ってくれよ〜!!」

 
それまで先輩たちに気を取られていて、木の陰にもう一人いる事に気付かなかった。
その人物は、思いっきり冷めた口調でこう言った。

 
「こんなヤツ必死で口説かなくったっていいぜ。こんなヤツいなくったって予選くらいオレがいれば十分だ」
「新一〜そう言うなよ。お前の力は分かってるけど、これでキーパーが揃えば鬼に金棒なんだから」
「服部。お前、前のトコでどんくらいキーパーしてたんだ?」


 
服部?服部って言うのか。あの先輩。
オレは初めて耳にした先輩の名前を頭の中で何度も繰り返し呟いた。
服部先輩は少し考えてからのんびりと答えた。

 
「オレか?そうやな〜3年くらいやったかな」
「さ…三年しかやってねーであれなの?お前素質あるんだよ!絶対サッカー部入れよ!!な!?」
「高橋!」


新一が鋭く諌めた。が、高橋先輩は構わず続けた。


「新一も譲歩してくれよ。チームのためだろ〜?」
「オレ用事あるし、こんくらいで勘弁したってや」
「あ、服部!!」
「ほな〜」
「チーム入るの考えといてくれよな!いいな!?」


 
服部先輩は他の先輩たちなどお構いなしに、オレの隠れた方へと歩いてきた。
オレは立ち去る事も出来ずにどうしようとオロオロとしていた。
そんなオレに先輩が先に気付いて声を掛けて来た。
 
「昨日の別嬪さんやないか〜奇遇やな。何してんねんこんなとこで」

 
オレはあがってしまっていて、自分の事を別嬪だと言われたことに全く気付いていなかった。
どうにか少しでも長く、先輩と話せないものかと必死で考えていたのだ。

 
「あ、あの…」
「ん?」
「か…帰り道、ご一緒してもいいですか?」
「あ〜ええで?ほな、行こか?」
「は…はい!」


 
昨日はろくに自己紹介も出来ずにいたのに、自分から一緒に帰ろうなんて口から出たことにびっくりしていた。
オレは真っ赤になりながら、先輩の隣を並んで歩いた。
先輩は何故だか上機嫌で口笛を吹いていた。
校門を出るまでに何人かの生徒が先輩に気付き、ひそひそと囁きあっていた。
オレは隣を歩いていてもいいものかと、少しだけ不安になった。


 
「すっかり有名人ですね」
「そうか〜?」
「有名人ですよ!今日だって、うちのクラスの女子なんて先輩の噂話しかしてなくて…」
「オレ別にそんな大したヤツちゃうで?そこいらにいる普通の男子生徒や」
「そ…そんな事ないです!今日サッカーしてるの見ました!!全然普通じゃない、凄かったです。
だって、あの新一のシュートを止めたんだから!!オレ、新一のあんな悔しそうな顔初めて見たくらいで…」
「新一…って工藤の事か?あんたら兄弟なん?」
「あ、いえ…新一とは従兄弟同士なんです」
「そうなんか〜。顔そっくりやから兄弟か思うとったわ。あんな、昨日な〜オレ工藤とあんたの事間違えて声掛けてしもたんよ」
「オレと…?」
「せや。昨日編入したクラスにあんたそっくりのヤツおったから、思わずバスで会うたよな〜いうて声掛けたんやけど、
お前なんか知らんて素っ気無くされてちょおショック受けたんや」
「す、すみません!」
「あ、別に謝らんかてええんや。すぐに人違いやったって気付いたし。よお見たら工藤とあんたは全然似とらんし」
「そうですか?よく間違えられるんですけど…」
「まあオレも最初間違ーたし、偉そうなことは言えんけどな〜。次は絶対間違えへんよ」
 
あんまり自信たっぷりに断言されてしまったので、オレは返事に困った。
どんな風にオレと新一を区別するのだろう?
少し気になってしまったが、話題を変えることにした。


 
「あ、あの…」
「何?」
「サッカー…やらないんですか?」
「ん〜」
「オレ…今日先輩のプレー見て、ほんとに凄いって思って。ボールを追う姿とか、ボールをセーブする姿なんて見てるだけでドキドキして…指示出しも正確だし、チームを引っ張る力を持ってるっていうか…上手く言えないんだけど……」
「オレそない凄かった?」
「はい!だって、新一のボール止めたキーパーなんて、そうは居ないんですよ?それをあんな簡単に…」
「別に簡単に止めた訳やないけど…そんなん言われたら照れるわ〜」
「ほんとに三年しかしてないんですか?」
「ほんまや。いや、4年かな?小学校の頃はずっと剣道しててん。せやけど、中学ん時にオヤジが剣道ばっかりしてへんで他のもんも経験しとけ!言うたんや。同じことしかしてへんかったら井の中の蛙になるからな〜。せやから中学ン時サッカー部に入ったんや。ほんで、高校入ってからまた剣道に戻ったんやけど、サッカー部の奴らにせがまれて掛け持ちしてたんや。せやから4年してる事になるかもな」
「そうなんですか」

 
オレは感心しながら聞いていた。
自分はどの部にも入っていないから、部活の掛け持ちなんて雲の上の出来事の様に思えた。
オレは羨望の眼差しで先輩を見つめていた。

 
「せやけど部活の掛け持ちなんてほんましんどいんやで?期待されとる訳やし、オレも出るからにはええ成績残したい思うやん?
それにチームプレイやし本番だけ出ておしまい、なんて出来へんから普段からちょくちょく練習には参加しとったし、正直両立はキツかったんや」
「そうでしょうね」
「せやからこっちではどっちか一本に絞りたいねん」
「じゃあ、やっぱり剣道を…」
「さっきまではそう思うとったんやけど…」
「え?」
「あない褒められたら辞める訳にもいかへんしな〜」

 
先輩はブツブツと独り言を言っていたが、突然何かを閃いたみたいで嬉しそうにオレの顔を覗き込んだ。

 
「せや!あんたが決めて!」
「な…何をですか?」
「せやから、サッカーと剣道のどっちした方がええかをや!」
「え、ええーーッ!?」
「せやせや!それがええわ!ほな早速剣道部行こか」
「な…何で…」
「そりゃあんたにオレの勇姿を見てもらって、どっちがええか判断してもらうんや」
「そ…そんな…オレなんかが…」

 
オレは思いっきり動揺していた。
そんな重要な事をオレなんかの一存で決めてしまっても良いものだろうか?
 
「ええんや。なあ、剣道部ってどこで練習してるん?案内してや!」
「い…今からですか!?」
「こういうのは思い立ったが吉日、言うやろ?」
「だけど…先輩さっき用事があるって…」
「ああ、あんなんウソに決まってるやん」
「はぁ…」
「ほらほら、案内してや!」
 
何だか一筋縄では行かなそうな先輩を前に、オレは深〜い溜息をついた。
だけど、先輩のやりたがっている剣道姿を見れると思うと嬉しくなる自分もいた。
オレたちは校門を出掛かっていたが、また逆戻りした。

 
「あの格技館で練習してるんです」
 
オレは校舎の裏側にある建物を指差して言った。
先輩は嬉しそうに走り出した。
そして、突然くるりと振り返った。
 
「自己紹介してへんかったな。オレ服部平次、いうんや!あんたは?」
「黒羽…快斗です」
「そうかー。ほな行くで、黒羽!」
「は、はい!」

 
オレは嬉しくて元気に一杯に答え、先輩の後を追うように走り出した。
 
 


 へ続く 


 
やっと二人とも自己紹介したよ…遅すぎ