噂の転校生    4






オレと先輩は格技館へと到着した。
格技館の下は駐輪場になっている。だから中に入るためには階段を上がって行かねばならない。
オレたち二人は階段を上がって行った。
段々と威勢の良い掛け声が大きくなってくる。
オレは少し気後れしてしまったが、先輩はお構いなしにズンズンと中へ入って行った。

 
「たのもー!!」

 
いきなり道場へ押し入って来た人物に、何事かと部員たちは一斉に振り返った。
オレは怖くなって、先輩の後ろへと隠れた。
そんなオレを面白がるように、先輩は「大丈夫や」と耳打ちした。

 
「オレは昨日転校してきた服部いいます。こん中で一番強いヤツと勝負させてくれまへんか?」

 
どうやら主将らしい人物が一人、こっちへ歩いてきた。

 
「君が服部くんか、噂は聞いてるよ。今日の体育は凄かったらしいね。僕のクラスは丁度化学の授業だったから
見逃しちゃって残念だったな。君はサッカー部へ入るんじゃないのかい?」
「オレは剣道もしたいんです。けど、両方は出来へんからどっちがええか勝負して決めたいんです。ええですか?」
「…分かった。それじゃ僕が相手になろう」
「しゅ…主将が自ら相手しなくても我々が…!!」
「いいんだ。僕が彼の相手をしたいんだ。服部君、いいかな?」
「はい。お願いします」
「それじゃマネージャー。余ってる防具を彼に貸してやってくれ。」
「は…はい!」
 
マネージャーはわたわたと準備室から防具を取り出してきた。

 
「あ、あの…更衣室へご案内します」
「おおきに」


 
先輩は更衣室で道着に着替え、再び格技場へと戻って来た。

 
 
「ほな、お願いします」
「お願いします」

 
二人は互いに礼をし、そして構えた。
オレは素人だが、先輩の構えに無駄の無いことは分かる。
先輩の気迫に負けたのか、心なし主将は足を後ろに引いた。。
先輩はすぅっと竹刀を上に構えた、と思うと次の瞬間パーンと竹刀が大きな音を立てた。
先輩の繰り出した技が、綺麗に面へ決まったのだ。
あまりの素早い動きに主将は全く身動きが取れなかった。
場内もシーンと静まり返っていた。
沈黙を破ったのは先輩だった。
 

「ありがとうございました」
 
まだ呆然と佇む主将をよそに先輩は礼をし、オレのところまで歩いてきた。
面を取った先輩の顔は汗一つ掻いていなく、その変わり顔を輝かせてオレの感想を求めた。

 
「どやった?」
「ど…どうもこうも…早過ぎて何がなんだか…」
「そぉか〜」

 
先輩はくるりと振り返って、部員たちに挨拶をした。
 
「ほな、今日はこの辺で失礼します〜。剣道部入る気なったらまた明日も来ますよって。そん時はよろしゅうたのんます」
「もう少し打っていかないかい?」

 
今まで呆然としていた主将が慌てて叫んだ。
先輩はにっこりと微笑んで「また」とだけ言って格技館を後にした。
先輩はオレの肩をぽんと軽く叩いて「着替えてくるわ」と言って、更衣室の方へ歩いて行った。

軽く触れた部分がかぁっと熱を持つ。
オレの心臓の鼓動はしばらく激しく鳴り響いていた。



 
しばらく駐輪場の傍で待っていると、制服に着替えた先輩がやって来た。

 
「ほな、行こか」
「はい!」


 
オレたちは静かに歩き出した。
先に口を開いたのは先輩だった。

 
「オレのサッカーしとる姿と剣道しとる姿、どっちが良かった?」
「あの…両方共カッコ良かったです。剣道は…オレ正直よく分かんないんですけど、気迫が凄くて…相手が圧倒されてるのが分かりました」
「ほんま?」
「はい。レベルが全然違うっていうか…剣道部の主将が蛇に睨まれた蛙みたいだった」
「ははは!そうか〜。ま、これでも全国3位やからな〜」
「え!?せ…先輩ってそんな凄いんですか?」
 
オレはビックリして叫んでいた。
が、先輩は大したこと無さそうに手をひらひら振りながら答えた。
 
「そんな凄ないで〜?2人には負けてしもてんやから」
「そ…そんな!十分凄いですよ!!あ…でも、もしかして3位だったのって、サッカー部と掛け持ちしてたから…?」
「いや、オレが未熟だっただけや。修行が足りひんかったわ」
 
そう言うと先輩はその時の事を思い出したのか、少し悔しそうな表情を浮かべた。
そんな先輩を見てると、自分が軽々しくどっちがいいかなんて言えない気がした。
いや、とても言えない。
 
「オ…オレ…、やっぱり決められない。ほんとは、サッカー部でキーパーしてる姿が見たかったけど、剣道してる先輩も生き生きしてて…今度こそ1位になって欲しい、て思うし…。やっぱり先輩には剣道を…」
「黒羽はオレのキーパーしてる姿が見たいんやな?」
「え?いや、だから…先輩には剣道を…」
「よっしゃ!ほなサッカー部にするわ!おおきにな!黒羽」
 
オレの言った言葉の意味を先輩が取り違えてしまったので、オレは慌てて訂正した。
こんな軽はずみな言葉で先輩のやりたい事を阻んでしまってはいけない。
何だかんだで先輩は剣道の方がしたいはずなのだから。

 
「だから!オレが見たいのなんかどうだっていいんです!先輩には剣道して欲しいんですってば!!」
「せやけど黒羽はサッカーしてるオレが見たいんやろ?」
「そうだけど…じゃない、剣道!先輩の剣道してる姿が見たいです!!だから剣道部に入ってください!」
「もう遅いで〜はっきりそうや言うたやん。サッカーのがええって」
 
先輩はにやりと笑ってオレを見遣った。
オレはもう何を言っても無駄だという気がして、軽く溜息をついた。

 
「昨日会ったばかりのこんな後輩の戯言なんかに耳を貸して…後悔しても知りませんよ」
「オレが黒羽に決めさせたんやからええんや。なあ、黒羽は何でオレのキーパーしてる姿見たい思うたん?」

 
先輩は興味津々といった顔を向け、オレに訊ねた。
オレは今日見た先輩の勇姿を思い出し、少し顔を赤らめた。

 
「お…怒らないで聞いてくれますか?」
「怒らへんて。何?言うて」
「オレ…今までキーパーってそんな凄いポジションじゃないと思ってたんです。実際、新一のシュートを止めれたヤツって都内じゃほとんどいなかったし、セーブ出来てもせいぜいパンチング程度で…。だからキーパーって大した事無いんだなって思ってたんです。それが、今日先輩のキーパー見て…新一のシュートを完璧に止めたのなんて初めて見たから感動しちゃって、キーパーって凄いんだなって思ったんです。もっと見たいな…って思ったんです。ごめんなさい!」
 
オレは思いっきり頭を下げた。
先輩は少し驚いて「なんで謝るん?」と言った。
オレは頭を下げたまま言った。

 
「だって!ろくにサッカーも出来ないヤツがキーパーをバカにしてて…おまけに剣道がしたい先輩にサッカーを押し付けようとしちゃって…」
「ええて。それにオレ見てキーパーも捨てたモンやないて思てくれたなんて嬉しいやないか」
「ほ、ほんとですか?」

 
オレは恐々と顔を上げ、先輩を見た。
先輩は全然怒った風ではなく、オレを見て微笑んでいた。

 
「ほんまや。めっちゃ嬉しいで」
「で…でも…先輩、剣道がやりたいんでしょう?今度こそ優勝したくて剣道一本に絞ろうと思ってたんじゃ…」
「ええねん。それに、オレ別にやりたい事見つけたんや」
「え?サッカーですか?」
「ん〜まあ、似たようなもんやな」

 
適当に言葉を濁した先輩は、ポケットに片手を突っ込んで、くるりとオレに背を向けた。
後姿からは、先輩が何を考えているのかさっぱり分からなかった。

 
「オレこっちに用あるから…」
「ほんとに、サッカー部入るんですか?」

 
オレは最後にもう一度訊ねた。
先輩はこちらを見ずに「せや」と一言呟いた。
 
「先輩…」
「黒羽!」
「はい?」
「明日から練習見に来いや」
「いいんですか?」
「サッカーに引き戻した責任取ってもらうで。ちゃんと責任持ってオレを監督するんやで?せやないといつ剣道に戻ってまうか分からへんで〜」
「分かりました、責任持って監督します!覚悟しててくださいね」
 
オレたちはふざけて笑い合った。
しばらく笑った後、先輩がふっと笑うのを止め、オレの顔を見つめた。
その顔にドキリとしてしまったのは、夕焼けのせいだったのか。

 
「ほな、また明日な」
「はい!」
「気ぃ付けて帰れよ?」
「先輩のお陰で痴漢は出なくなりましたから」
「そうか〜そら安心や」
「ありがとうございます」
「ほなな」
「はい!さようなら」
 
先輩は軽くオレに手を振ると、左手の小道をスタスタと歩いて行った。
オレはしばらく先輩の行く手を見つめていた。
 
「明日からサッカー部か…楽しみだな〜」
 
と、ふとオレは重大な事を思い出した。

 
「あ!新一!!そういえば先輩がシュートポンポン止めちゃったから、今日は絶対不機嫌だよ!!どうしよ〜!?」

 
オレは慌てて新一のご機嫌を取る対策を練った。

 
「今日はカレーにするか。茄子があったら揚げ茄子入れてもいいな。新一好きだし」

 
昨日使った手だが、やはり食い物が一番だ!とオレはスーパーに向って駆け出していた。
 




 へ続く





何かスポ根物になってないですか…?(大汗)
何がしたいのかさっぱり分からなくなってきました。
おまけに何も考えずに書いているので、ちゃんと読み返さないと話が食い違って無駄に書くのに時間掛かります。