プロローグ オレは高校生探偵、服部平次。 関西ではちょっと名の知れた探偵で、西の高校生探偵と呼ばれ、親しまれている。 オレは警察がお手上げの難事件をいくつも解決していて警察からの信頼も厚い。 オレは謎が大好きだ。 犯人が策を労して作り上げたアリバイ、トリックを暴いていくのがなんとも言えず、脳髄を刺激する。 オレはちょっとした事件でも呼ばれればすぐに出向いて行って、五感を働かせ解決する。 そんな日常を繰り返していた。 だけど最近そんな日常が物足りなくなってきた。 東の高校生探偵、工藤新一は関東ではかなり有名で、何かとオレと比較されていた。 最初は胸クソ悪いやっちゃ、くらいにしか思っていなかったけど、最近その姿を見ないと新聞の記事に載っていた。 事件の匂いを感じたオレは退屈な日々を払拭させようと、工藤のいる東京へ赴いた。 色々調べてオレは工藤と仲が良い幼馴染がいる、という毛利探偵事務所へ押しかけた。 そこで偶然遭遇した事件で工藤はオレと同じ、否、それ以上の洞察力、推理力を披露した。 だけどそれが嫌じゃなかった。 自分と対等に付き合えるだけのヤツにやっと出会えた、と喜んだのだオレは。 そして工藤が謎の組織に身体を小さくさせられて、今は江戸川コナンと名乗る少年となっている事実も知った。 工藤との出会いで、オレは退屈だった日々から抜け出せた気がした。 工藤にうざがられても、よく上京しては推理小説や自分が解いた事件を二人で熱く語り合っていた。 そんな工藤が最近ことあるごとに、あるドロボーの話をするようになった。 それは国際犯罪者番号1412号、世界中を騒がせる大怪盗だった。 平成のルパン、月下の奇術師 ヤツを称する形容詞は数多いが、一番親しまれている通り名は… 怪盗キッド 工藤は直接ヤツと対決したらしく、その様子を嬉々として語ってくれた。 『ドロボーには興味なかったんとちゃうんか?』 そんなオレの問いかけに工藤はあっさりと、 『オレもドロボーなんて興味なかったけど、あいつと対決した今、あいつを捕まえたくてウズウズしてんだ。 そう豪語した。 それを聞いてもオレはあまり興味をそそられなかった。 何故なら、キッドが出没するのはほとんどが東京だからだ。 以前は世界各国で騒がれていた大怪盗も、8年ぶりに復帰(?)した今、活動範囲はすこぶる狭くなっていた。 ほとんど日本、というよりほとんどが東京だった。 だからテレビのニュースとかでしか見た事はなく、直接なんて拝む機会は滅多に無い。 工藤ですら直接会って興味をそそられた、と言ったのだから自分がキッドに興味を持つことなど有り得ない、 工藤が最初にキッドと対面したのが、杯戸シティホテルの屋上。 二度目は毛利の姉ちゃんに変装していたのを工藤が見破り機関室で追い詰めたが、 三度目は『奇術愛好家連盟』のオフ会。 まさかこんな所でキッドと対決出来るなんて思わなかった、と工藤は嬉しそうにオレに話してくれた。 ヤツのお陰でミスリードされそうになった、と言っていたがその顔は全然悔しそうではなかった。 毎回キッドと対面した時の事を事細かく嬉しそうに工藤が話すので、オレもいつの間にかキッドの事に詳しくなり、興味を覚えていった。 そして今回、キッドの予告状が大阪府警に届けられたのだった。 オレは初めてヤツと対面出来るかもしれない、と心が騒いだ。 神出鬼没で変幻自在の怪盗紳士、固い警備もごっつい金庫もその奇術まがいの早業でぶち破り、 待っとれよ!オレが必ずお前の正体突き止めたるからな! キッドの予告状の内容では、夜中の三時に天守閣に現れる、との事だった。 工藤や毛利の姉ちゃん、鈴木財閥の令嬢鈴木園子と合流したオレ達は、時間が余りあるので、取り合えずその足で神社へと向かった。 そこは和葉オススメのおみくじスポットだった。 そこのおみくじは良く当たると評判だったので(特に恋愛運がすこぶる当たるらしく、女性に大人気だ)、 和葉たちと少し離れたところで、オレは工藤のおみくじを覗き見た。
「工藤お前どやった?何や小吉か。しょーもないもん引きよってからに。これじゃ、キッドとの対決、勝つんか負けるんかはっきりせんなぁ」 「旅行…明るみに出ます、止めましょう?オイオイ、マジかよ?おい服部!お前はどうだったんだよ!!」
オレは工藤のおみくじに目を遣っていたが、自分も引いた事を思い出し、ポケットからおみくじを取り出した。 「オレか?オレは…大吉や!見てみぃ勝ったで〜」 「いや、勝った負けたじゃねーだろ…おみくじは」
相変わらずノリの悪いやっちゃな、とため息を付いて、オレは再びおみくじに視線を落とし、硬直した。 待ち人 運命の恋人との出会いあり 旅行 怪我に要注意 運命の…恋・・・人? それは誰のことや!? まさか…? 心臓がバクバクと高鳴る。 オレは立っていることさえやっとだった。 「おい服部!どうしたんだ?何て書いてあったんだ!?」 工藤が心配そうにオレを見ていた。オレは平静を装って言った。 「…しょーもない事ばっか書いてあんで。なんやオレ怪我するかもしれんやと。
何故かこの事は工藤に言ってはいけない気がした。 本能がそう、告げていたのだ。 その時の直感が正しかったことを、オレはすぐに思い知ることになる。 午後7時過ぎ。 何気なく時計を見て「もうすぐ平仮名の“へ”になんで」、と冗談を言って笑いを誘うつもりだったが、 そしてオレも突然閃いて、キッドが通天閣にいると工藤に告げた。 しかし、ヤツが何を企んでいるのか判らない。 そんな時、大阪城から大量の花火が打ち上げられた。 側に居た西野の兄ちゃんにエッグの在り処を聞いた直後、停電が起こった。 そこで初めてキッドの本当の狙いが判ったオレと工藤だったが、工藤の方が一歩早かった。 キッドの狙いを瞬時に理解した工藤は考えるよりも先に、手にしていたスケボーで走り出していた。 オレはそんな工藤を後からバイクで追いかけた。 そして、土地感のない工藤に途中で追い付き、工藤を拾って再びキッドの元へと向かう。
白い翼が見えた。ヤツだ!怪盗キッドや!! オレはキッドが降り立ったビルへバイクを横付けた。 すぐにバイクから飛び降りた工藤はオレに向かってこう叫んだ。
「服部!お前はここで待機してろ!!」
なんやて!? 何でオレがここで待ってないとあかんねん!! オレもキッドに直接会ってみたいんやで!! オレが工藤に不信感を抱いたのはこの時だった。
しばらくキッドが居るであろう窓の様子を窺っていると、中から煙幕が上がり、キッドが中から飛び出してきた。 脇にはエッグが入っているであろう、小箱を抱えている。 工藤はまんまとキッドにしてやられたという訳だ。 キッドの身のこなしはとても優雅で、窓から身を投げてハングライダーを広げるまでの一連の動作にオレは釘付けになっていて、 工藤がバイクの元まで駆けて来て、初めて自分がキッドに見惚れていたと気が付いた。 慌てて工藤を乗せて、バイクを走らせる。 しかし、そんなオレはキッドの事で頭が一杯で、運転を誤りトラックに突っ込みそうになって、慌てて振り切ろうとしたものの、 工藤はスケボーで上手いこと衝撃をかわしていたが、オレはまともに地面に叩きつけられ、起き上がるので精一杯だった。 このままではキッドを追うのは無理だ。オレは工藤に向かって叫んでいた。 「何してんねん!早よ行かんかい!逃がしたらしばくぞ、コラァ!!」 そう叫んで、スケボーを走らせる工藤を見つめていたオレだったが、実は不安で一杯だった。
キッド…お前を捕まえるんはオレや。工藤なんかに捕まるんやないで…
そう呟いたのは、オレは工藤がキッドに好感を持っているようにしか見えなくなって来たからだった。 好感、どころか工藤はキッドを独り占めにしようとしているのではないか? キッドを追って行こうとしたオレに、わざわざ制止の声を掛けて工藤が一人でキッドの元へ向かったのは、 オレがキッドと直接対決して、ヤツに心を奪われるのを懸念したとしたら… そんな想いがどんどん溢れてくる。 工藤、お前… そんなオレの心とは裏腹に、小一時間程して工藤は傷心したような顔をして帰って来た。
「どないしたんや?工藤!エッグは!?キッドはどないしてん!!」 矢継ぎ早に質問するオレに工藤は、心を落ち着かせるように一呼吸してから話し出した。
「エッグは取り戻した。だけど…キッドが…キッドが撃たれたみたいだ。見てくれよ、これ」 「キッドのモノクル?これが…落ちてたんか?エッグと一緒に!?」 「多分…右目を撃たれたんだ。ヤツの姿はどこにもなかった。居なかった、ってことは無事だって事だよな?なあ!服部!!」 平静を装っていた工藤だったが、最後は声を荒げてオレに必死に縋りついて来た。 「落ち着けや、工藤!キッドがそう簡単に死ぬ訳あらへん。それは自分もよう判ってんねやろ!!」 オレもキッドが死んだと思いたくないので必死で工藤に言い聞かせた。 「必ずこのエッグを取り戻しに来るはずや、オレの代わりに守ってくれへんか?オレも行きたいんやけど、和葉がうるそうてな」 オレは腕や足に巻かれた包帯を見せ、苦笑しながら工藤に言った。 しばらく消沈していた工藤だったが、やがて思い直し、今度はあの挑発的な目を輝かせてこう言い放った。 「判った、服部。キッドは死んじゃいねえ。オレがなんとしてもこのエッグ、守り抜いてやるから見てろよ!」 「後で絶対詳しく話し聞かせるんやで!」 「おう!まかせとけ」 オレは輝きを取り戻した工藤を、複雑な面持ちで見つめるのが精一杯だった。 怪我さえしていなければ、オレもエッグを守り抜いてキッドと直接会えたかもしれないのに… 一度、それも離れた場所から見たキッドの姿が脳裏に焼きついて離れない。 華麗で優美で、見た者の心を簡単に虜にする、魅惑の怪盗。
お前は宝石だけやのーて人の心も盗むんか?
一人呟いたが、誰もその問いに答えるものは居ない。 その言葉だけ闇に消えていったのだった。 平次が初めてキッドを見て恋心を抱くお話 |