嫉妬 オレは工藤から城で起こった事を電話で無言のまま聞いていた。 白鳥警部に変装して、キッドは工藤とずっと行動を共にしていたこと。 キッドは工藤がスコ-ピオンと対決する時に、トランプ銃で犯人の拳銃を弾き飛ばしたこと。 その後、毛利の姉ちゃんに工藤の正体がバレかけて、それをキッドが工藤に変装する、という大技をやってのけて難を逃れたことも。 オレは全ての話を聞き終えて、工藤を嫉妬せずにはいられなかった。
そん時は知らんかったとはいえ、キッドとずっと行動を共にしてたやて? キッドに助けられた? コナンが工藤やって何で判ったんや!しかも毛利の姉ちゃんに正体バレかけてるっちゅー事も、普通なら気付けへん。 しかも、何で今はおらん工藤に完璧に変装出来るんや?コナンになる前の工藤を、キッドは知ってたっちゅー事か?
あらゆる疑問や可能性が後から後から湧いて出て、とても冷静で居られなかった。 工藤の電話も今すぐ切ってしまいたかった。 これ以上キッドの話を工藤から聞きたくなかった。 そんな想いも虚しく、工藤からののろけとも取れる話は延々続く。
工藤も気付いとる。 自分がキッドにとって特別な存在や言う事を。 工藤から語られる事を信じるのなら、キッドと工藤の間には目に見えん繋がりのような物があるんやないやろか。 それが何かは判らんけど、工藤はキッドの気配を感じる事が出来る言うとったし、もしかしたらキッドの方も…。 何や、ごっつぅ淋しいやんけ。 オレ一人、蚊帳の外みたいやんなー… オレは激しい焦燥を感じていた。 工藤から聞かされるキッドの話は正直もう聞いていられなかった。 何を聞いてもキッドと工藤が特別な感じがして、心穏やかで居られない。 オレはいつの間にこんなにキッドに焦がれていたのだろうか? 工藤も…オレと同じ気持ちなんか? キッドの事、どう想ってんのや? なあ工藤? 教えてくれんのか? オレは心の中で何度も何度も、繰り返し繰り返し呟いた。 心の中でキッドへの想いが募る一方、やり場のない想いを抱えてオレは段々と気持ちが塞いでいった。 授業中も勉強に身が入らない。 食事もろくに喉を通らない。 口数もめっきり減って、おかんと和葉がしきりにオレの事を心配するようになった。 だけどどうにも出来ない。 この想いをぶつける場所が無いのだから。 工藤にはあれから一度も連絡をしていない。 元々マメな方ではないので、向こうから連絡を寄越す事もない。 かれこれ三週間は口を聞いていない。聞きたい事は山ほどあるのに…。 その間もキッドは活躍していたが、せめてもの救いが、そのいずれも工藤が関わっていなかったという事だけだ。 キッドと工藤は接触していない。 その事実に、少なからずオレは安堵していた。 一目でもいい、もう一度キッドに会いたい。 だけど近くで顔が見たい。ヤツの声が聴きたい。 オレの存在を知ってもらいたい。 生身で語り合いたい。 オレを…好きになってもらいたい…… 八方塞がりの状態に疲れたオレは、溜息を付きながら、喉を潤すために台所へと向かった。 すると、何やらおかんが声を潜めて話をしている。 どうやら電話を掛けているらしいが、どうしてそんなに声を潜めているのだろうか? 『なんや、聞かれたらヤバイ話なんか?』 にわかに興味を持ったオレは、気付かれないようにそっと近づき、聞き耳を立てた。 「ええ、平次は学校の中間テストが近いんどすわ。わざわざお招き下さったのにえろう申し訳ありまへんけど… そう言って一方的に通話を終えると、おかんはガチャン、と受話器を置いた。 おかんはまるで一仕事終えた後のように、スッキリとした顔をしていた。 「ふう…これでええやろ」 「お ば は ん!」 「へ、平次?いつからそこに!?聞いてたんか!?」 まさか息子に聞かれているとは夢にも思わなかったのだろう。 びっくり仰天したおかんの姿がそこにあった。 「何や?事件の依頼の話かいな?別に断らんかてええやろ。最近全然依頼来ぃへんかって退屈してたんや」 あの日以来、事件の依頼がなかったのは事実だ。 最も、オレの様子が尋常じゃないので、依頼を持ち掛けにくかったのと、和葉やおかんが裏で手を回し、 そんな事はとっくに知っていたが、今事件の依頼を持ち掛けられてもちゃんと事件解決が出来るかは自信がなかった。 キッドの事で頭の一杯なオレは、きっと満足に依頼を果たす事は出来ないだろう事が簡単に予測出来るから、 しかし、いい加減に浮上しなくてはいけないと思っていた矢先のこの依頼に、興味をそそられたオレはおかんに詰め寄った。 「どんな事件なんや?言うてみ。話聞いてから受けるかどうか判断するわ」 「せやけど平次、あんたこんな状態じゃ学校で勉強も出来てへんやろし、心配や。それに…」 おかんがこの期に及んで言い難そうに言葉を濁したが、すぐに思い直して懐から一通の封筒を取り出してみせた。 その封筒は真っ黒で、宛名に白い毛筆で服部平次と書かれてあったが、それが一層不気味さを醸し出していた。 「これ見てみぃ。真っ黒な封筒なんて薄気味悪いやろ?なんや不吉な予感してな。 おかんは頑として譲る気はないようで、再び封筒を懐に仕舞おうとした。 オレはそれを横からひょいっと奪い取った。 封筒から招待状を素早く取り出したが、それも見事に真っ黒だった。 「平次!」 「ちょっと見るだけやろ。何々?貴殿の英知をたたえ、我が晩餐に御招待申し上げます?けったいな文章やな〜」 オレは嘲笑って見せたが、差出人の名前を見て顔が引きつった。 「神が見捨てし…仔の幻影…やて?」 動揺しているオレをどう思ったのか、おかんが顔を強張らせて溜息を付いた。 「なあ不気味やろ?意味もよう判らへんし…こないな晩餐、平次に行って欲しないんよ。 オレはおかんの話もろくに聞かずに封筒を握り締め、自分の部屋へと駆け出していた。 「行ったらあかん!平次!!」 晩餐の日付は今晩になっていた。 今からバイクを飛ばせば十分間に合う。 平次は急いで鞄に必要な荷物を詰め込んでいく。 取り合えずこれだけあれば大丈夫だろうと確認して、再び部屋を飛び出し、玄関に置いてあるバイクの鍵をひったくって駐車場へと向かう。 そこにはおかんが鋭い眼差しをこちらに向けて、立っていた。 「どうしても行くんか?平次」 オレも一歩も譲らぬ思いでおかんを睨み返した。 「この晩餐がどないな意味を持っとるんかはオレにも判らん。何か良うない事が待ち受けてるんも否定出来へん。 オレは懇願するように叫んでいた。 自分でもこれほどまでに熱くなる自分に驚いていた。 必死の訴えが効いたのか、おかんがしょうがないという溜息を付いた。
「…あの人にはうちが上手く言っとくさかいに、安心してお行き。無茶はするんやないで?」 「おおきに!おかん!」 オレはバイクに跨り、鍵を差込みエンジンを吹かし、バイクを走らせた。 門を出るところで再びおかんを振り返った。 「ほな、行ってくるで!」 「気ぃつけてな平次!」 そして、エンジン音を翻し、オレは招待状に書いてある黄昏の館へと急いで向かったのだった。 『神が見捨てし 仔の幻影』 ほんまにほんまなんやろか? アイツがこの招待状を? 判らへん。 判らへんけど、この黄昏の館に着いたら判る筈や。 オレはまさに藁をも掴む思いだったに違いない。 それだけヤツに恋焦がれていたのだ。 Kid the Phantom thief 「キッド----……」 バイクを走らせながら、オレはそう呟いていた。 |