惨劇

 

 

千間のばあさんの提案で、あらかじめ決められていた席からオレらは移動した。

毒が仕掛けられていてはいけないので、フォークやナイフやカップも、手を付ける前に自分のハンカチでふいてから食べる事になった。

オレは毛利のおっさんの左隣に座った。

おっさんは少し不服そうだ。

 

「なんでオレの隣はバアさんと大阪ボウズなんだよ」

「悪かったなぁ、姉ちゃんじゃなくて。ジャンケンで決まったんやから文句いいなや」

 

メイドが運んでくる料理は、どれもこれも美味しそうで、味も見た目を裏切ることなく最高の出来具合だった。

コックが急病で来られなくなって急遽、厨房に入ったと言っていた大上探偵だったが、流石は美食家探偵というところか。

腹も充分満たされた頃を見計らい、マネキンから再び声が発せられた。

 

どうかね諸君…。私が用意した最後の晩餐の味は…?

「フン…おいでなすったな…」

茂木のおっさんが待ってました、とばかりにマネキンを見遣る。

他の探偵達もマネキンに注目した。

 

では、そろそろお話しよう…。私がなぜ大枚をはたいて手に入れたこの館を、ゲームの舞台にしたかを…。

まずは見てくれたまえ!今、諸君の手元にある食器類の数々を…

言われるままに、オレ達はフォークやカップを手に取って調べ始めた。

ちらりと隣を見遣ると、毛利のおっさんもフォークを凝視していた。

フォークやスプーン、皿の底にもティーカップにも同じマーク、烏が印されていた。

 

それは半世紀前に謎の死を遂げた大富豪、烏丸蓮耶の紋章だ

「か、烏丸蓮耶!?」

 毛利のおっさんがひどく驚いた声を上げ、一同の注目を浴びていた。

 

食器だけではない…。この館の扉、床、手すり、リビングのチェスの駒からトランプにいたるまで、全て彼が特注した代物。

 つまりこの館は烏丸が建てた別荘…いや、別荘だった。40年前この館で、血も凍るような惨劇が起こったあの嵐の夜まではね…

マネキンから発せられる声に、オレ達はかたずを呑んで聞いていた。

 

有能なる名探偵諸君ならこの館に足を踏み入れた時にすでにお気づきでしょう。飛び散ったおびただしい血の跡に…。

 そう…それはこの館がまだ美しさを保っていた40年前のある晩…。

 この館に著名人を招いてある集会が開かれたのだよ…。

 烏丸が生前コレクションしていた高価な美術品を競売するためのオークションで、三日間行われる予定だった。

二日目の夜…この館にずぶぬれの二人の男が訪ねて来たのだ。オークションの主催者は、最初彼らを館に入れるのを渋っていたが、

 彼らから一枚の葉を渡され態度が豹変した。

主催者は彼らに言われるままにその葉を紙に巻いて煙草のように吸い、みるみる内に陽気になって、彼らを館内に受け入れたのだ…。

その様子を 見た他の客たちも彼らに葉を勧められ、館内にその葉の煙が充満した…』 

 

「ま、まさか…その葉っぱって…」

毛利のおっさんが、信じられない…という顔をしてマネキンを見つめる。

 

(マリファナ… )

全員の脳裏にその言葉が掠めた。

その二人は偶然を装ってまんまと会場に入り込んだ…。

客達は誘惑に抗えず、悪魔の誘いに乗ってしまった。

総てが計算されて行われていたとも知らずに…。

 

『しばらくすると、客だったある男が悪魔を見たような悲鳴をあげ・・・、自分が競り落とした美術品を抱えて館内を走り出し、

 ある女は涙が涸れるまで泣き続け、またある男は嬉しそうに自らの腕を手にしていたペンで刺した・・・。

 やがて客同士で美術品を奪い合うようになり、オークションの品だった名刀や宝剣で殺し合いが始まり、

 オークション会場は地獄絵図と化した…。

 そして悪夢の一夜が明け、八名の死者と十数名の昏睡状態の客たちを残して、その二人の男は美術品と共に消えていたというわけだよ』

「し、しかし、なんでそんな大きな事件が世間に知られていないんだ?」

 

 悪夢の惨劇を語り終えて黙したマネキンに毛利のおっさんが府に落ちない、と詰めよった。

その問いに答えてくれたのはその場に居た探偵達だった。

 

「恐らくその客の中にいたのだよ・・・、政界に顔の利く名士か、もしくはその一族がな・・・」

「なるほどねぇ・・・誰が誰を殺したか判らないその状況にそんな人がいたのなら・・・」

「ヘタに解明される前に事件をまるごと握り潰した方が得策と判断したんでしょう」

「それもその二人の男の計算の内だったんだろーがよ」

「まったく・・・食欲のそそるステキな昔話だわね・・・」

探偵達は口々にそう言った。

メイドがいつの間にか食器を下げていて、今は食後の紅茶を皆に注いで回っていた。

オレのティーカップにも紅茶が注がれていく。部屋は紅茶の香りで満たされた。

 

毛利のおっさんは動揺しているのか、注がれた紅茶に角砂糖を数個ぶち込み、

 気持ちを落ち着かせる様に何度も何度もスプーンで紅茶を掻き混ぜていた。

オレはそのスプーンを回す手を、注意深く観察していた。

ふと周りを見渡すと、他の探偵達もこちらの様子を窺っているようだった。

すると、再びマネキンから声が発せられた。

 

『さて、もうおわかりかな?私がなぜこの館を選んだかが・・・。それは君達、探偵諸君に再びあの惨劇を演じて欲しいからだ。

 この館の財宝を巡って奪い合い殺し合うあの醜態を・・・。

 まあ、広い館の中、闇雲に探させるのは酷だから、ここで一つ君達にヒントを与えよう』

「えっらそーに、ヒントやて?」

 オレはそこに声の主が居る訳ではないが、他にやり場がないのでマネキンを睨みつけた。

 

『二人の旅人が天を仰いだ夜・・・悪魔が城に降臨し、王は宝を抱えて逃げ惑い、王妃は聖杯に涙を溜めて許しを乞い、

 兵士は剣を自らの血で染めて果てた・・・』

「それってさっきの・・・」

先程の惨劇を思い出したのか、毛利の姉ちゃんは強張った顔でマネキンを見遣った。

 

苦労しましたよ・・・、この館になぞらえて暗号を作るのは・・・。

 まさにこれからこの館で始まる命懸けの知恵比べに相応しい名文句だと思わないかね?

自分に酔ったような声を出すマネキンを呆れたように、槍田のねえちゃんが口を挟む。

 

「バカね・・・殺し合いっていうのは相手もそうだけど・・・こっちもその気にならなきゃ」

マネキンは気にせず言葉を続けた。

 

無論、このゲームから降りる事は不可能だ・・・。なぜなら君たちは、私が唱えた魔術に、もうすでに…かかってしまっているのだから・・・

オレは慌てて室内を見渡した。

 探偵達が紅茶を口に含んでいる以外に特に変わった事は起きていない。

 こんなのはハッタリに決まっている。

 だけど妙な胸騒ぎが全身を覆うのも確かだった。

 

 『さあ・・・40年前の惨劇と同じように、君達の中の誰かが悲鳴を上げたら知恵比べの始まりだ・・・。

 いいかね?財宝を見つけた者は中央の塔の四階の部屋のパソコンに財宝の在り処を入力するのだ。

 約束通り、財宝の半分と脱出方法をお教えしよう・・・

 マネキンが喋り終えるのと同時に茂木探偵が席を立った。

 

「悪いが俺は降りるぜ。宝捜しには興味がないんでね・・・」

茂木探偵は、そう言って部屋を出て行こうとする。

 

「でもどうやってここから?」

毛利の姉ちゃんが慌てて引き止めようとしたが、茂木探偵はあっさりとかわした。

 

「ここは海の真ん中の離れ小島じゃねぇ・・・、山ん中を駈けずり回りゃ運が良ければ助かるさ。アバヨ、探偵諸君!」

茂木探偵は軽く手を振りながら、ドアのノブに手を差し伸べた。

その瞬間、オレの左隣に座っていた大上探偵が悲痛の声を上げて椅子から立ち上がり、

 そのままドサッと大きな音を立てて床へと倒れこんでしまった。

オレはすぐさま大上探偵に駆け寄って揺り起こすように呼びかけた。

 

「オイ!おっさん!?どないしてん!!オイコラッ!!返事せんかい!!」

後から大上探偵に近寄って来た白馬は、素早く頚動脈に手を当てて脈があるかを確かめていた。

そして徐に胸ポケットから懐中時計を取り出し、蓋を開いて中の文字盤を見て呟いた。

 

223451秒、心配停止確認。この状況下では蘇生は不可能でしょう・・・」

白馬はパタン、と蓋を閉めて再び懐中時計をポケットに仕舞い込んだ。

オレも一応右腕の静脈を触ってみたが、やはり脈は無かった。

静かにその腕を床に下ろそうとして、オレはふと見た親指の先に視線を奪われた。

 

右手の親指の爪だけがイビツんなっとる…

 

オレはそれだけ確かめると、そっと腕を下ろしてやった。

遅れて全員が大上探偵の死体の周りに集まって、探偵達はそれぞれ鑑識を始めた。

 

「唇の色調が紫色に変化するチアノーゼが見られないわ。それにこの青酸ガス特有のアーモンド臭・・・」

「じゃあさっきオッサンが飲んでた紅茶に青酸カリが!?」

茂木探偵がさっきまで飲んでいただろう大上の紅茶に目を遣った。

千間のバアさんは十円玉を取り出し、大上の紅茶に浸して酸化還元反応がないか確かめた。

青酸カリが仕込まれていたなら、十円玉は綺麗な赤褐色になる筈である。

 

「酸化還元反応は見られないね。どうやら原因はこの紅茶じゃないみたいだねぇ」

「だったら一体どうやって!?」

毛利のおっさんが焦った様子で紅茶を見た。

 

さあ、賽は投げられました。自らの死をもってこの命懸けの知恵比べを華々しくスタートさせてくれた大上探偵のために

財宝探しに精を出してくれたまえ…命がある内にね

「てめぇ…ふざけるな!!」

茂木探偵がマネキンの胸倉を掴んだと同時に、マネキンの首がグラッと外れてそのまま床へと転がっていった。

首に付いていたのはカセットテープだった。しかもタイマーに繋がっている。

どうやらビデオカメラでオレ達の様子を窺いながら喋っていたのではなく、食事を運ぶ時間を細かく指定して

 テープの声を流していただけだったという訳だ。

わざわざこんな手の込んだ仕掛けをしてたっちゅーのは…

 

「犯人は最初っから大上さんを狙ろうてたっちゅー訳やな。それにオレらの中に犯人がいてる可能性が限りなく高いよなぁ?」

 オレはあまり喜ばしくない事実を、メンバー全員の顔をなめる様に眺めて告げた。

 

「こ、この中に犯人がいるだと!?」

「せやかてそのテープの声もこの中の誰かが前もって仕掛けといて、飯食いながら皆と一緒に聞いとる振りしとっただけかもしれへんやろ?」

「た、確かにそうだが…」

毛利のおっさんはまだ認めたくないのか、渋面を浮かべていた。

 

「そして、この大上さんと同じ食卓についていた僕たちに気づかれずに…犯人は彼に青酸カリを飲ませて毒殺したんです…」

「ああ、俺たち六人の探偵の目の前でな…」

「ほんま、ええ根性してんで、そいつ」

「しかも、そのテープの声の内容からすると、この人が死ぬ時間も犯人には判っていたようだねえ…」

「問題は、彼が倒れる直前まで口にしていたこの紅茶から、青酸化合物の反応がなかった事…」

槍田の姉ちゃんは鑑識用の手袋を嵌め、大上のティーカップを調べ始めた。

 

「じゃあまさか毒は紅茶の中じゃなくてティーカップの飲み口の所に?」

 毛利のおっさんは、食い入るようにティーカップに視線を注いだ。

 

「それはないわね。彼、二、三度この紅茶を口に運んでいたから…」

「で、でも皆さんが言ってる犯人って怪盗キッドの事なんでしょ?彼って人殺しなんかしないって聞きましたけど…」

毛利の姉ちゃんは有り得ない、という顔で皆に訴えた。

鈴木の姉ちゃんの刷り込みのお陰なのか、彼女もキッドに相当な肩入れのしようだった。

 

そうや、キッドは絶対に人殺しなんかせえへん。

キッドはこれまで一度だって人を傷付けた事がない。

それがこんな殺人なんてする筈ないんや。

これはキッドに犯行を擦り付けようとしてる、狡猾な犯人の仕業や。

オレのキッドに罪を被せようやなんて…正気の沙汰やないなぁ?

見とれよ犯人!オレが絶対取っ捕まえたるからなー…

 

見ると、工藤と白馬もオレと同じ事を考えているようだった。

まだ判らぬ犯人の顔を思い浮かべて、恐ろしい形相を浮かべていた。

オレは一人、拳を強く握りしめた------