誑欺

 

 

取りあえず、一通りの鑑識を終えたオレ達は、次に自分たちの車が本当に爆破されたかどうかを確かめるため、館の外へ出た。

爆音はハッタリであって欲しかったが、期待も虚しく探偵達の車は赤々と燃え燃え上がっていた。

 

「うわっオレのレンタカー丸焦げじゃねえか…」

「私のフェラーリもミディアムね…」

「俺のアルファも大上のオッサンのポルシェもパァだ!」

「あかん!オレのバイクもおシャカになってしもてる…。おかんにどやされんで!」

「あのベンツは白馬兄ちゃんの?」

コナンの姿をした工藤が白馬に問い掛けた。

 

「いや…僕はバアヤに車でここまで送ってもらったからね…」

「変だねぇ、私は毛利さんの車に乗せてもらって来たし…誰のだい?あのベンツ」

「た、多分ご主人様の車だと思います…」

 と、メイドの姉ちゃんが自信無げに呟いた。

 

「私が朝早くこの館に来た時にはもう停まっていましたから…」

「だ、だったらやっぱりこの館にはわたし達の他に誰かいるんじゃ…」

毛利の姉ちゃんは、僅かな可能性を口にした。

 

「…この分じゃ私の車も向こうで燃えちゃってるかな」

 メイドの姉ちゃんは苛つくように爪を噛んで呟いた。

 

「向こうってメイドさんの車、ここに停めてないの!?」

 工藤が必死に食いついた。

 

「え、ええ。裏門に停めるようにご主人様に言われてたから」

オレ達は、一斉にメイドに詰め寄り、裏門への近道を聞き出し駆け出していた。

 中庭を突っ切ったらすぐに裏門へ出た。

 そこには難を逃れたメイドの車がぽつん、と残されていた。

 唯一無事だったメイドの車で本当に橋が落とされたか見に行く事になったが、何せ大人数なので、

 コインで乗る人間を決めることになった。

 工藤がポケットから財布を取り出し、小銭を車のボンネットに広げてみせた。

 

「あらおチビちゃん、気が利くじゃないの」

そう言うと、千間のバアさんはボンネットに身を乗り出して、十円玉を掴んでみせた。

それに続いて他の探偵達もコインを手に取った。

 

「コインの表が出た奴が、車で橋を見て来るって事でいいな?そんじゃ、行くぜ!1、2の…3!」

六人の探偵達は茂木探偵の掛け声と共に、一斉にコインを親指で弾いて手の甲で受け止めた。

表が出たのは毛利のおっさんと茂木探偵、それに千間のバアさんだった。

三人は車に乗り込み、千間のバアさんの運転で走り出した。

 

車を見送っていると、工藤がオレに向かって崖下を見るように促してきた。

見ると、下の山道に車が一台ぽつん、と停まっている。

しかも意味ありげに、車の天井に大きく×印が付けられている。

ふと後ろを見ると、白馬がその車を見てにやりと笑っていた。

工藤とオレは訝しげに白馬を見つめた。

オレはしゃがんで工藤に耳打ちした。

 

「なあ工藤、気ぃついたか?」

「ああ、コインだろ?怪しいよな」

「何企んどるんか判らんけど…こら一芝居打つ必要があるんとちゃうか?」

「そうだな、これ以上犠牲を出さない為にも…あの人には騙されてもらう必要がある」

「せやったら早ようにこの事皆に伝えんとな。おっさんらは大丈夫やろか…」

「…多分…大丈夫だと思うけど…」

そう言ってオレ達は、橋がある方角を見守るように見つめた。

 

 

しばらくしておっさん達が帰って来た。

しかし、一人足りない。

 おっさんと茂木探偵の話を聞くと、車のライトに細工が施してあって、

 橋を照らすためにライトをいじっていた千間のバアさんが爆発に巻き込まれ、そのまま車ごと谷底に転落してしまったらしかった。

 オレ達は他に館に誰かいないか手分けして探す事になった。

 白馬は鷹に餌をやりに行ったらしくその場にいなかったので、女性チームと男性チームの二手に分かれて探す事になった。

 二手に分かれて歩き出したオレ達だったが、完全に女性チームが見えなくなってからオレと工藤は目配せして、

 おっさんと茂木探偵にある事を耳打ちした…。

 隠しカメラが付いているので傍目にはそれと判らないようにしながら----

 おっさんと茂木探偵は、オレ達の話を興味深げに聞いていて、最後まで聞き終えると茂木探偵は了解、とウインクしてみせた。

 

 オレ達は一階の端の部屋から順に調べていく事にした。

 最初の部屋にはグランドピアノが部屋の真ん中に置いてあった。

 オレ達はピアノに近づき、何か変わった事がないかを調べ始めた。

 

「ピアノの縁に引っかいたような真新しい傷がついてるな…」

「そいつは恐らく鷹の爪跡だ。あの兄ちゃんもこの部屋に探りを入れたってわけよ…」

「あれれ?ピアノの鍵盤の間に何か挟まってるよ?」

 工藤の言葉にオレは鍵盤の隙間に挟まれた古びた紙切れを取り出してみせた。

 そこには先程マネキンから聞かされた暗号が書かれてあった。

 

「なんで奴が言うとった宝の在処を示した暗号がここにあるんや!?」

「し、しかもワラ半紙にガリ版刷りだと?」

「多分、まだコピー機がなかった時代に誰かがこの文章を大量に刷って、何かの目的で大勢の人間に渡したんだろーよ。

 つまり奴が言ってた40年前にこの館で起きた惨劇って話も、それになぞらえて作った宝の隠し場所の暗号ってヤツも…

 みんな眉唾もんだってこった…」

 溜息をついた茂木探偵がふとピアノの下の水溜りに気がついた。

 横には先程見た霧吹きが置いてあった。

 

「こいつはあの姉ちゃんのルミノール液じゃねーか」

「じゃあ彼女もこの部屋に…」

「おいチョビヒゲ、明かりを消せ!」

「チョビヒゲって…」

おっさんは不服そうに呟いたが、茂木探偵は構わず早くしろ!と急き立てた。

 

「オレが行ったんで」


 
オレはおっさんの腕を掴んで、代わりに自分が行くと告げた。

その外見からは似つかわない腕の感触に、思わず身体に電流が走った。

 が、オレは頭を振って雑念を追い払い、スイッチがあるドアの側までスタスタと歩いて行った。

部屋の明かりを消すと、ピアノにくっきりと血で書いた文字が浮かび上がった。

 

「やっぱり何かあったんやな!40年前に何かが…」

 オレ達はピアノに書かれた血文字を食い入るように眺めた。

その文面にはもうすぐ自分は殺されるという事と、暗号の解読が出来たというもの。

そしてこの血文字を書いたであろう人物の名前が記されていた。

 

「“切り札”?…まさか!?」

 

 オレ達が血文字を読み終えてしばらくすると、遠くの方から耳をつんざく様な銃声が聞こえてきた。

 

 始まったな… 

 

それはこれから始まるショーの幕開けを告げる音だった。

おっさんと茂木探偵は、銃声が聞こえた方角へと駆け出していった。

 

 おっさんら、頼んだで。

 

 オレと工藤は反対方向へと走り出していた。

 

「ところで工藤!あっちこっち隠しカメラ付いてんけど、どうやってバレずにあの部屋まで行く気や?」

「あ!考えてなかったぜ」

「あ、アホか〜!そんならいくら反対方向から回り道して行ったかて、モニターで見てたらバレバレやん」

オレは走りながら思いっきり毒づいた。

 

「お、オメ-だって気づいてなかったくせに!よく言うぜ!!」

「あー…ほんなら全部壊して回ろか?」

「んな時間はねぇよ!もういい!!こうなったらバレるの覚悟で行くっきゃねーぜ!!」

「一応死角を意識して…やな」

そんなやり取りを交わして走っていたが、また再び銃声が上がった。

 

「もう時間が無い!何も考えるな!とにかく急げ服部!!」

「まかせときぃ!!」

そう言ってオレ達は全速力で中央の塔のパソコンがある部屋へと急いだ。

 幸い、オレ達が通ってきた道にはほとんど隠しカメラが付いていなかった。

 

 遠回りも無駄やなかったっちゅー事か…

 

 オレ達がパソコンが設置されている部屋へ到着した時には既に槍田の姉ちゃん、毛利のおっさん、茂木探偵が息絶えていた。

 ここに居ないことから、最初の銃声で白馬が撃たれたのだろうと予測する。

 毛利の姉ちゃんとメイドは予め麻酔薬を嗅がせて眠らせることになっていた。

 傍目には眠っているのか死んでいるのか、簡単には判断できないことだろう。

 モニターを見ているであろう犯人は、オレ達が殺し合って全滅したと思い込んで落胆している筈だ。

 だから今、自分たちの姿を見られたらマズイ。

 

「工藤、この部屋にあるカメラはあそこ一個や、こっから狙えるか?」

 ここまで来るともう隠す気も失せたのか、この部屋のカメラは天井の隅に堂々とぶら下げてあった。

「誰に聞いてんだよ?当たり前だろ」

 そう言って工藤は来る途中の部屋からかっぱらってきた灰皿を、キック力増強シューズで思いっきり蹴り上げた。

 キレイにカメラに当たった灰皿は、カメラの壊れた部品と一緒に床に落ちてきた。

 

「さあ、これで大丈夫やな」

オレ達二人はこれで一安心、とばかりにズカズカと部屋に入っていった。

 オレは途中、茂木探偵が落としたと思われる、吸いかけの煙草を拾いあげた。

 そして工藤はパソコンのキーボードに手を触れ、文字を打ち込んでいく。

 

         宝の暗号は解けた

         直接口で伝えたい

         食堂に参られたし 

       

                 我は7人目の探偵

 

「げ、また食堂まで戻るんかいな!?」

「しょーがねーだろ?宝の暗号を解いちまったんだからよ」

「まあええけど…先に行っといてくれるか?7人目の探偵はお前に任せたで。オレはおっさんら連れて行ったるから」

「…ああ、じゃあ、後でな」

「しくじんなや!」

「バーロォ!」

 そう言って工藤は階段を下りていった。

 

 最後のツメは譲ったるわ、工藤。

 

 工藤が出て行ってからオレは死体に向かってこう叫んだ。

 

「もう起きても大丈夫やで。芝居、ご苦労さんv」

 その一言で、死体だったはずの人間がむくり、と起き上がった。

 

「芝居とはいえ、死体のフリは疲れるわね〜動けないんだもの」

「俺の一張羅が…」

「ボウズ、サンキュー。気になってたんだ」

オレは茂木探偵に煙草を渡すと、茂木探偵は美味しそうに吸い始めた。

 

「じゃあ、もう一人の探偵ボウズも起こしに行くとすっか!」

煙草を吸って機嫌の良くなった茂木探偵が言った。

 

「メイドの姉ちゃんと毛利の姉ちゃんはどないする?」

「まだ麻酔が効いてると思うから寝かしといてあげましょ。それより食堂だったわね?」

「ああ、今必死こいて犯人が向こうてる思で」

 そしてオレ達は白馬と合流し、食堂へと向かった。

 

 食堂に着いて、オレ達は中の様子を音を立てずに窺った。

毛利のおっさんが、後ろから押すようにして中を覗こうとしたので、オレは声を出さず抑えるのに苦労した。

おっさんが興味津々、といった顔をしていたのをオレは見逃さなかった。

 

 部屋の中には暖炉に腰掛けた工藤と、この惨劇の主催者である千間降代が部屋の中央に立っていた。

 工藤はバアさんの父である千間恭介がピアノに血文字で残したヒントから暗号を解くために、

 食堂に飾ってある時計の針を動かし始めている所だった。

 時計を暗号に通りに動かしていくと、時計がガコっと大きな音を立てて床へ落ちた。

 塗装が剥がれて内側から金が顔を覗かせていた。

 工藤はその時計を手に取って重さを確認した。

 

「この重さ…そうか!この時計、中身は純金なんだ」

「やれやれ…たったそれだけの物のために父が命を落としたとは…。現実とはこんな物かねぇ…」

 千間のバアさんは肩をがっくりと落として項垂れた。

 

「約束だぜ、千間さん?この館からの脱出方法を教えてくれ!」

「そんな物、最初からありはしないよ。私はここで果てるつもりだったからね…。

 大上さんは食事の後でこっそり教えるという私の言葉を、信じていたようだけどね…」

 バアさんは自嘲しながらそう言って溜息をついた。

 

「フン、だろーと思ったぜ…。千間のバアさんよ」

 後ろから声を掛けられ、バアさんは化け物でも見るような視線をこちらに向けてきた。

 

「あ、あんたたち、まさか!?」

「そうや、オレ達が生きてるうちは問い詰めても何も吐かんやろ、思てな…一芝居打たしてもろたんや」

「暗号を解いた奴も殺そうとしてたからな」

「モニターで見たらケチャップでも血に見えるし…逆に利用させてもらったわ」

「でもまあ蘭さんたちを眠らせたのは正解でしたね。この悪趣味な芝居は若い女性のハートには酷すぎる…」

 普通に言えんのかい、普通に!

 

白馬が工藤以上に気障ったらしい台詞を吐くのにオレはうんざりしながら聞いていた。

 

「い、いつから私が犯人だと?」

 バアさんがとても信じられない、という顔でオレ達に問い掛けた。

 

「このボウズがオレ達にコインを選ばせた時からさ。あの時バアさん、手を伸ばしてわざわざ遠くにある十円玉を取ったろ?

それでピーンときたんだ。あんたは他の奴に十円玉を取らせたくなかったってな」

「青酸カリがついた指で十円玉を触られたら酸化還元反応が起こって、トリックがバレバレになってまうからな!」

「だから私達、犯人をあなたに絞り、すぐに結束できたってわけ!」

「死体の右手親指の爪を見た時点で、トリックは読めてましたしね…」

探偵達が次々とタネ証しをした。

 

「さて、問題はどうやってここから脱出するかだが…」

「あら、何の音?」

遠くの方からバリバリと何かが近づいて来る音が聞こえてきた。

 

「あ、たぶん僕が呼んだ警察のヘリの音ですよ…」

「呼んだ?」

「ええ、ワトソンのアンクレットに取り付けた手紙を、夜明けと共に崖下に待機させていたばあやの車に届けてくれたんでしょう!

 良かった!他の車と見分けがつくように×印をつけておいて」

白馬が嬉しそうに言ったのを見て、他の探偵達が文句をたれた。

 

「それならそうと早く言ってよ!」

「あんな猿芝居させやがって。ったく」

それに対し、白馬が鷹の帰巣本能について説明していたが、オレは別の事が気になってそれどころではなかった。

 ヘリの音に混ざって何かが崩れているような音もそうだし、

 何より毛利のおっさんが、さっきから落ち着きなくソワソワしているのが気になってしょうがなかった。

 工藤もそんなおっさんを鋭い目つきで凝視していた。

 

 白馬が呼んだ警察のヘリのお陰でオレ達は無事、館から脱出できた。

 オレは窓側に座って腰を落ち着けた。

 

「結局来なかったのね、怪盗キッド…」

毛利の姉ちゃんが残念そうに口を開いた。

 

「あら、来て欲しかったの?」

「あ、いえ…そういう訳では…」

 明らかに残念そうに溜息をついたので、言い訳しても今更遅い。

 オレは窓の外を少しだけ眺めた。

 

「でもバアさんよ…俺達を心理的に追い詰めるのは大上のダンナの計画だったんだろ?

何で奴を殺した後、死んだフリなんかしたんだよ?」

「どーしても解いて欲しかったんだよ。父が私に遺したあの暗号を…」

オレはバアさんが語る話を全く聞いていなかった。

ちらりと後ろを見ると、工藤が時計型麻酔銃をある人物に向けて、標準を合わせていた。

そして、白馬はその人物の隣に座り、じっと様子を窺っている。

 

マズイ。このままじゃマズイで!

オレはまだ間近でアイツの姿拝んどらんのやで!!

それやのにこのままやったらアイツは警察へ直行。

もう姿も見れんくなってまう!!

 考えとる時間はない!イチかバチかやったるで!!

 

 オレは意を決してヘリの扉を開け放した。

そこから見える景色に思わずごくっと唾を飲み込んだ。が、すぐに思い直し、思い切って空へと身を投じた。

 

「服部君!?

 「服部!?」

 「ボウズ!!」

その場に乗り合わせたメンバーは今起こった現実を理解出来ずに開かれた扉の外を呆然と眺めていたが、

ある人物だけがすぐに次の行動を起こした。

 

「お、お父さん!?」


 
毛利の姉ちゃんが叫んだ時には既にその人物の姿はヘリにはなかった。

毛利のおっさんもオレを追って、ヘリから飛び降りていたのだ。

そして、飛び降りたおっさんの背中から真っ白い大きなハングライダーが開かれて、次の瞬間、

 オレは怪盗キッドの腕の中に抱かれていたのだった。