改方学園は男子校だ。

そのせいか放課後はいつも活気で溢れている。

部活に励む生徒もいれば、廊下でダベっている生徒もいる。

平次はそんな彼らを横目に、とある部屋へと向かう。

 

「新しく入ってきたあの先生、可愛えよな〜。オレ一発狙ってみよかな」

「アホ〜!お前なんか相手にするかい。やっぱオレみたいなごっつい男が好みやろ」

彼らの話す声が耳に入ってきた。

とても心穏やかではいられない内容である。

平次は足速にその場を離れ、目的の地へと急いだ。



 

ガラリ。

平次は大きな音を立てて扉を開けた。

 

「先生おる〜?足怪我したから診て〜な」

「服部君?開ける時は静かにね。今は誰もいないけど誰か寝てたらびっくりするから」

「…すんまへん」

そういいながら平次はツカツカと部屋を横切り、ドカっと保健室の主の目の前に座った。

あまり反省していない態度である。

快斗は苦笑しながら椅子を平次の前に向け直す。

 

「何だか機嫌が悪いみたいだけど、そんなに痛むのかい?どっちの足かな?」

「機嫌が悪いんは別に怪我のせいやあらへん。怪我したんは右や」


そういって平次は右足のズボンを捲くり上げる。

 

「これは痛そうだね…。何したのかな?」


平次の右膝は赤く腫れ上がっていた。

どうやら膝から突っ込んでこけたようだった。

 

「武藤のやつに足引っ掛けられてん。ほんまムカつくヤツやわ」

本当は避けようと思えば避けられたのだが、保健室に来たいが為に、ワザと引っかかったのだ。

もちろん、そんな事はおくびにも出さない。

 

「悪ふざけはほどほどにね。

僕が赴任して来てからまだ二週間足らずなのに、君は毎日のように保健室に来るから心配だよ」


そう言いながら快斗は慣れた手つきで消毒し、包帯を巻いていく。

そんな快斗をじっと平次は見つめていた。

 

「毎日来られたら迷惑か?」

「そんな事ないよ。怪我を治すのは僕の仕事だし、怪我を毎日してるってのが心配なんだよ。

酷い時には一日に何回も来るだろう?僕なら身体がもたないな」


包帯を巻き終わり、テープで固定する。

快斗は使い終わった道具をきちんと箱にしまいこんで顔を上げた

 

「はい!出来たよ。あまり無理しないようにね。あと、これに名前書いてもらえるかな?」


にこやかに言い放ち、快斗は保健室利用者名簿を棚から取り出し、平次に手渡そうとする。

平次の顔を見た快斗は思わず顔を強張らせた。

平次は快斗の顔を真っ直ぐに見上げていた。

 

「先生」

「は、服部君?」

「先生、好きなヤツおる?」

あまりに真摯に訊ねられ、快斗は思わず名簿を落としてしまった。

 

「せ、生徒の君には関係ないよ。教師のプライベートなんて君たちにすれば関心ない事だろう?」


快斗は動揺を隠すように、慌てて落とした名簿を拾い、平次の顔から視線を逸らす。

 

「関係ない事ない。生徒だって先生の事知りたいんやで」

「特に、好きなヤツの事はな」

そう言って、平次は快斗の腕を握った。

快斗は硬直したまま動けなかった。

 

「だ、誰が好きだって?」


はぐらかすつもりで言った言葉だったが、それを聞いた平次は腕を握る力を強くした。

 

「判ってんとちゃうんか?毎日毎日足しげく保健室通って来てたやん。

いつもならどんな怪我したかて、こんな辛気臭いトコなんか来ぃへんで」

「ほ、保健室のどこが辛気臭い…」


快斗は自分の城をけなされ、少しムッとしたが、平次は気にせず先を続けた。

 

「消毒液の匂いが苦手やねん。匂い嗅いでるだけでナーバスになるんや。

でもな、先生と会えるんはここだけやから、毎日毎日怪我こさえて来たってんで。

この努力認めてもらえるか?」

なあ、先生。

そう言って平次はぐいっと快斗の腕を引っ張った。

たいして力を入れていないのに、快斗の身体は簡単に平次の腕の中に収まった。

そして、まだ視線をずらしたままの快斗の顔を、無理やりこちらへ向かせ、唇をそっと重ねた。

平次の手の中でもがく快斗をしっかりと捕らえ、何度も唇を重ねた。

 

 

4月になって新しく東京から赴任してきた保健医、黒羽快斗。

快斗は色も白く、線が細い。おまけに笑顔も可愛いかった。

新任の挨拶をする時に快斗を見て、平次は一目惚れしてしまった。

こんなに胸が高鳴る事は今まで一度だってなかった。

 

こんなに可愛いヤツ見たことない。絶対オレがモノにしたんで!と、使命感に燃えた。

 

しかし、快斗を一目見て気に入ったのは、平次だけではなかったのだ。

男ばっかりでムサイ学園に来た笑顔の可愛い保健医は、たちまち男どものアイドルになった。

それからというもの、保健室にはムサイ男どもが常に出入りするようになってしまった。

平次は他の生徒に快斗を取られる事を危惧し、毎日せっせと保健室に通う事になる。

今のところ毎日通っているのは自分だけだ。

剣道部主将の自分の牽制が多少は効いているのだろうと思う。

オレを怒らすと怖いからな。

 

しかし、そんな牽制をものともしないバカは少なからずいるわけで…。

今日も廊下であの話を聞いてしまって、悠長にしている時間はないと悟った。

自分が落とす前に別の人間に先を越されたら洒落にならない。

 

 

「や…やめなさい!」

快斗は何度も唇を奪う平次から何とか顔を背け、抵抗する。

「イヤや」

「先生がオレの事受け入れてくれるまで止めへんで」

 

平次は快斗の首筋にそっと唇を這わしていく。

「…んっ」

快斗は思わず甘い吐息を洩らした。

 

「感じてんの?先生気持ちええ?」

自分の行為で感じてくれているのが嬉しくて、そっと舌を這わせた。

 

「ば…バカ…っは…とり、…あっ…」

声が段々と荒くなり、正しく言葉が紡がれなくなる。

頭が正常に働かなくなってくる。

 

「だ…ダメ…こんな…、誰かに…見…あっ…」

「平次って呼んでくれたら止めたるで?」

じゃないと、このまま押し倒したんで。

 

そう言って平次は、快斗の白衣のボタンに手をかけた。

「は…とり…」

「へ い じ やで」

名前を呼ぼうとしない快斗の白衣を脱がしかけ、平次は相手が折れるのを待つ。

 

「………」

「ん?聞こえへんで?」

もっと大きな声でハッキリ言うてみ?

快斗は顔を赤らめて、呟いた。

 

「へ…ぃじ…」

「ん〜、まだ聞こえへんよ?」

平次は意地悪そうな顔で快斗の顔を見つめた。

 

「先生はまだ止めて欲しないんか?どや?」

平次はそう言って快斗のズボンにそっと手をやった。

 

「やっ…止め…っ平次君!!」

渾身の力を込めて快斗は平次を突き飛ばした。

平次はバランスを崩し、後ろに置いてあった衝立に派手に突っ込んで倒れてしまった。

 

「平次君!大丈夫?ごめんね?」

快斗は慌てて平次の元へ駆けつけ、身体を起こそうとする。

 

「あかん、立てへんわ」

「ど、どこか怪我した?ちょっと見せ…」

次の言葉は紡がれることなく平次の唇が吸い取った。

そして唇が離れると、嬉しそうな平次の顔が見えた。

快斗は不覚にもその顔に見入ってしまった。

 

「慰謝料もろたで」

「…それはどっちかと言えば僕の方がもらいたいはずだけど」

「先生はええやん。気持ち良かったやろ?オレのが痛かってんもん」


そう言って平次は腰を摩る。

 

「そんな事言ってると、保健室出入り禁止にするよ?保健室好きじゃないんだったら別にいいよね?」


快斗の一言に平次が慌てふためく。快斗はしてやったり、の顔だ。

 

「そんなイケず言わんといて〜や。保健室来れんくなったら快斗を独占出来へんやん。

ただでさえ悪い虫がぎょーさん寄って来よんのに」

「きょ…教師を呼び捨てにしたらダメだろ!」

「ええやろ、恋人同士になったんやし」


平次は快斗の顎をくいっと捕らえ、そのまま顔を近づける。

 

「いつ僕が君の恋人になったって?」


今度は強気に平次の顔を両手で制した。

 

「そうやったな。まだ最後までしてへんし…ここでしよか?」

そしたら本物の恋人になってくれるか?


今にも押し倒してきそうな勢いの平次をかわしながら、すっくと快斗は立ち上がった

 

「僕の恋人になりたいんだったら条件があるよ」

「何?快斗の為なら何でもしたるで」


平次は食い入るように快斗の顔を見上げた。

そして紡がれた言葉に平次は愕然としてしまった。

「保健室では絶対H禁止だからね。これが守れないなら僕の恋人になるのは諦めてもらうよ」


快斗は平次にはこの言葉が一番効果的だと悟っていた。

これで金輪際、保健室で馬鹿なマネはしないだろう。

自分の貞操は守られた。と快斗は心の中でほくそえんでいた。

 

「イケずやわ〜先生」

 

そう言いつつも、ほんなら保健室以外ならOKって事やな?と、

自分のいい様に解釈してしまっているとは気づかない快斗であった。

 

 


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改方学園は男子校で、快斗は保健医として赴任して来たという学園パラレル。

相手が年上なのに手が早い平次(笑)