「なあなあ、今一人?オレらと遊ばへん?」

「え?」

 

振り向いたのは、瞳がくりくりと大きく、睫毛が長く、肌の透き通るほど白い男、であった。

パーカーを着込んでいたので遠目には女の子かと思い、思わず声を掛けてしまったが、男と分かってしまっても、

この少年の顔立ちに平次は思わずため息をついてしまった。

それほど少年は男なのにキレイな顔立ちをしていた。

 

「…友達と来てるんだ。今泳いでて荷物番してるから…」

 

その少年は、女の子と間違われて声を掛けられたとは思わなかったのか、普通に切替してきた。

 

「あんたは泳げへんの?」

「見てるだけで楽しいから」

 

そういって笑った少年の笑顔は少し寂しそうだった。

 

「泳がれへんのん?」

「そういう訳じゃないんだけど…」

 

そういって少年は困ったように俯いてしまった。どこか放っておけない少年だ。

元来世話好きの虫が疼きだす。

 

「荷物番なんて退屈やろ?今からビーチバレーするし、一緒にやろや!すぐそこやから、目もちゃあんと届くで?」

 

オレは迷惑なのを百も承知で強引に誘った。

折角海に来ているというのに、このまま荷物番で終わったのでは来た意味が無いではないか。

少年は躊躇っていたが、平次の強引な誘いに呆れたのだろうか、少し笑っていいよ、と答えた。

オレは笑ってくれたことに気を良くし、遅くなった自己紹介をした。

 

「オレは服部平次、高二や。あんたは?」

「オレは黒羽快斗、同じく高二だよ。よろしくね」

 

そういって笑った黒羽快斗の笑顔は、真夏の太陽より眩しかった。

 

「ねえねえ」

「なんや?」

 

ビーチバレーの誘いに乗ってから、やたらと人懐っこくなった黒羽は気軽に話しかけてきた。

もちろん嫌ではなくて、むしろ嬉しかったりもする。

オレはなんだろう、と黒羽の方に視線を向けた。

 

「その話し方って関西の方だろ?関西出身なの?」

 

黒羽は興味津々といった顔で話しかけてきた。

その顔に少しドキッとさせられたが、すぐに気持ちを抑えて軽いノリで答えた。

 

「ちゃうちゃう。今もバリバリの大阪人やで!今な、剣道部の強化合宿で東京来てんねん。うちの剣道部めっちゃ強いねんでー?

こう見えてもな、オレ主将やねん」

「えー!見えないよ〜?ほんとに!?」

「うちの部員ばっかが居てるとこで嘘なんかつくかい!すぐバレるやんか」

「じゃ、ほんとなんだ。スゴイな〜。ねえ!強化合宿で来てるってことは練習見れたりすんの?」

「今日は中日で一日休みやってんけど…明日からまた練習始まるし…」

 

予想外に黒羽がこの話題に食いついて来たのでオレはどぎまぎしながら答えた。

 

(そんな…あんま近づかんといてや…)

 

「見たい見たい!部外者だけどオレ見学に行ってもいい?明日の夕方帰るから、午前中に!ダメ?」

 

あんまり黒羽が可愛いことを言うのでダメだとも言えず、別に部外者が一人紛れ込んでも分かるまい。

と思い、ほな明日10時から来ぃや、といった。

 

「わ〜い!楽しみだな〜。うち剣道部ないからさ、間近で観たこと無くって。平次って剣道着似合いそう!なんか古風な雰囲気だもんな〜」

 

な、なんで剣道の練習観るだけでこない興奮出来るん?

オレ、なんや勘違いしてしまいそうや…

 

いきなり平次と呼んでくれたことも嬉しかったし、自分が好きな道着を似合いそうだと言われたことも嬉しかった。

 

「あ、先輩―!どこ行ってはったんですか?もうすぐ始まりますよ」

 

後輩の一人がオレらに近寄ってきた。

その後ろからまた別の声が飛んできた。

 

「平次―!お前ナンパしてきたんか?えらい可愛い子連れてるやんけ!」

 

どっと笑いが響いた。

オレは顔を真っ赤にしながら否定した。

 

「ちゃ…ちゃうわ!よう見てみ〜男やろ!一人で荷物番しよったから誘っただけや!」

「それがナンパちゃうんかい」

 

またも笑いが起きた。

普段は女っ気がまるで無いので、ここぞとばかりにはやし立てられた。

黒羽にいらぬ誤解を与えたのであるまいかと不安になって横を見ると、黒羽は哀れみの目でオレを見ていた。

 

「平次…」

「ん?」

「お前…主将のくせに威厳ねえなぁ」

「やかましわ!」

「嘘嘘!皆に慕われてるんだなって思ったんだよ」

 

そういってまた黒羽はニッコリと笑った。

そんな事を言われてはもう何も言えない。

 

こいつの笑顔にオレ…弱いかもしれへん…

 

 

見かけによらず、黒羽は結構身軽で運動神経が良かった。

オレとペアを組んで試合をしたのだが、順調に勝ち進み、決勝まで駒を進めた。

 

「黒羽結構やるな〜。うちの部員もそこそこやる方やねんで?」

「えーそうかな?それよりさ、優勝したらなんか貰えんの?」

「たいしたもんやないけど景品あるらしいで。一年が管理してるからオレもよう知らんけど」

「アイスとかだといいなぁ。オレ甘いもん大好きなんだ!」

 

イチイチ言うことが全部可愛いらしい…

そんなに好きなら自分が買って与えてやりたくなる。

 

結局決勝ではオレがバテてしまって、優勝は取り逃してしまった。

 

(ほんまは黒羽に見惚れてたんが原因やけど…)

 

それまでは試合の方に集中していたが、先ほどのやり取りで変に優勝を意識してしまって、思わずプレー中、黒羽を見てしまった訳だが、

ほとばしる汗がキラキラ光って、思わず釘付けになってしまった。

そこから心臓が早鐘を打ち、手足が思うように動かなくなってしまった。

まさかプレー中に相方に見惚れていたとも言えず、言い訳するのに苦労した。

 

「残念だったな〜。まあ、商品はアイスじゃなかったからいいけどさッ」

「二位にもおまけある言うてたで。貰てこよか?」

「えッ!?ほんとに?何だろな〜」

 

途端に黒羽の顔が明るくなる。やはり商品が気になるのだろう。

貰ってくるついでにアイスでも買ってこよう。

 

「ほんならここで待っといてくれる?すぐ戻ってくるよって」

「うん!行ってらっしゃーい」

 

黒羽はビーチパラソルの下からにこやかにオレを送り出した。

 

 

商品を手にしてオレは海の店へとアイスを買いに行った。

後輩に言えば、すっ飛んで買いに走っただろうが、やはりこれは自分で買ってやりたい。

オレは黒羽が喜びそうなアイスを選んで、元いた場所へと戻った。

だが、そこに黒羽の姿はなかった。

 

「なあ、さっき一緒に試合しとった黒羽知らんかー?」

「さあ…さっきまで青木らと話ししよったけど…アイツらもそういやおらんな〜。どこ行ったんやろ」

 

オレはにわかに胸騒ぎを覚え、手にしていたアイスをそいつに押し付けると、そのまま黒羽を探しに走り出していた。

オレの思い過ごしならいいが、青木らはオレが主将になったことを今でも恨んでる。

実力の差と言えばそれまでなのだが、自分が下だとはどうしても認めたくなくて、未だにオレを主将扱いしない奴らだった。

事あるごとに、顧問にオレが主将なのはおかしいと食って掛かっていた。

オレのオヤジも青木のオヤジも警察関係の仕事をしていて、青木のオヤジの方が下っ端なもんで、

それもオレのことが気に入らない要因の一つだったようだ。

どう見てもオレの方が実力が上なのは明らかだったので誰からも相手にされず、余計にオレは恨みを買っていた。

少しでもオレの弱みを握ろうと必死だった。

そんなオレが今日、黒羽を連れて来た。

知り合ったばかりだというのに、やけに親しそうな姿を傍から見てると勘違いするかもしれない。

 

オレはアイツを好きやけど、黒羽は違うんや!

それやのにアイツに手ぇなんか出されたら…オレどないしてアイツに謝ればええんや

無事でいてくれ…!

快斗……ッ!!

 

海の店の方へはたぶん行っていない。

行くとしたら、人気の無いところ。

あの岩場なんか何かをやらかすには丁度良い場所かもしれない。

 

オレは全速力で岩場へと急いだ。

息を切らせながら岩場に上っていった。

そして、その向こうに人影が見えた。

青木と佐々木と宮木。そして…黒羽。

やっぱり…黒羽に何かしようと思って連れ出したに違いない。

三人に取り囲まれるように黒羽が立っていた。

その顔は遠目でもはっきりと分かるくらい怯えていた。

青木が黒羽の手を取った。

強引に身体を押し倒し、佐々木と宮木が両手を抑えにかかった。

オレは途中で見つけた太い木の枝を持って構えた。

 

「他人使うて憂さ晴らしなんか卑怯もんのすることやで!!文句あるなら直接オレに言わんかい!!勝負したんで!!」

 

一斉にその場の3人が凍りつく。

が、青木は開き直ったようにオレを一瞥した。

 

「状況が分かってへんのはお前や。こっちには人質がおるんや。ヘタにオレに手ぇ出したらこいつがどうなるか分からんで?」

「なんやとッ!?」

 

そういったかと思うと、青木は黒羽のパーカーを引き剥がし、素肌を露にした。

そしてズボンのポケットから携帯ナイフを取り出し、ペタペタと胸の辺りに押し付けた。

黒羽は益々驚愕していく。

 

「ひ…卑怯やぞ!!黒羽は関係ないやろ!!やるならオレにやらんかいッ!!」

「お前にやっても蹴散らされるのがオチやし…手も足も出ん状況っつーのを一回経験させてみたかったんや。

こいつ…お前のお気に入りやろ?

ナンパしたんか知らんけど、えらい懐かれとるやないか。さっきお前がここに来い言うてた、つーたらすぐに着いて来よったで。

こいつに…痛い目ぇみせてやるんが一番効くやろ?分かったら黙ってヤられるんを見とくんやな」

 

正気や無い。

オレに嫌がらせするためにここまでするか?

何よりも自分より弱いものに刃物を突きつけて動きを封じて…

許さない。

許せない。

こいつだけは絶対に…!!

 

「…お前…ただで済むと思うなよッ!」

 

オレは目が据わっていた。次に黒羽に手を出せば、オレは何をするか分からなかった。

 

「負け犬の遠吠えにしか聞こえへん……ッ……」

 

それ以上言葉を発っせなかったのは、黒羽が思いっきり青木の腕に噛み付いたからだ。

 

「…こいつ…ッ…!!」

「黒羽……ッ!!」

 

オレはこっちへ来い!と手招きしたが、佐々木と宮木がそれを遮った。

青木の拘束から逃れた黒羽に残された逃げ道は反対側の崖しかなかった。

崖に追い詰められた黒羽はオレの方に視線をやると、涙目で訴えた。

 

「オレのせいで…ごめんね、平次……」

 

そう言ったかと思うと、黒羽はそのまま飛び降りてしまった。

 

「黒羽――――――――――ッ!!!」

 

オレは喉が裂けんばかりにその名を叫んでいた。